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2009年6月20日 (土)

つまずいてばかりの私と、作家たちの自殺。09年6月19日

今日は桜桃忌。いずこの番組も太宰治を取り上げていた。
三島由紀夫は太宰をひどく嫌っていた。理由は太宰作品が言い訳の文学だったからだ。
生きていることへの言い訳。不誠実さへの言い訳。情死への言い訳。大地主の血脈への言い訳。言い訳せずに黙って受け入れていたら長生きできたのに、太宰は疲れ果て、玉川上水で入水情死してしまった。

言い訳は若者の特性だ。そこが若者に好まれるのだろう。しかし太宰は、己までを切り裂く刃をいつも胸の内に置いていた。それを見ずに、自堕落を正当化するために、太宰作品を利用しているとすれば大きな思い違いだ。軍国主義と旧弊に抗するように生まれた自堕落と、自由放任の現代の自堕落は本質が違うことを銘記すべきだ。

彼を批判した三島由紀夫は市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で割腹自決した。理由は、男らしさへの証明、と思っている。共に死をもってメッセージを残そうとしたが、私には三島の心情の方が理解しやすい。
「男は黙って、言い訳はするな。」
私の世代は、物心ついてからずーっと大人たちに言われ続けた。
反発したこともあったが、いつの間にか、私もそう思うようになった。母の介護を続けているのも、世間に言い訳をしたくないからだ。

戦前の保守的な旧家で育った太宰も同じように言われ続けたはずだ。しかし、彼は女々しく振る舞うことで反抗した。そんな態度が女性たちの母性愛をくすぐり、情死にまで付き合ってくれたのだろう。

太宰が熱望した芥川賞から落した川端康成も逗子のマンションでガス自殺した。
自殺前に書いた岡本かの子評伝が、昔自分が書いたものと殆ど同じだったことに気づき、作家として絶望したから、と当時の新聞記事にあった。

彼が敬愛していた芥川龍之介も睡眠薬自殺している。狂言自殺をしようとしたのに、発見が遅れて本当に死んでしまった、との説がある。

私の知っている作家も狂言自殺を繰り返し、担当編集者を困らせていた。もの書きは書けば書くほど内へ閉じこもり、憂鬱に暗くなって自殺しやすい。
対して、絵描きは滅多なことでは自殺しない。相当に追い込まれてもタフに明るく生き抜く。これは、絵は描けば描くほど外向きに気持ちが解放されるから、と思っている。

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今日は母を生協浮間診療所へ連れて行った。
朝、予約時間に遅れそうなので、慌てて食器を洗っていると指先に痛みが走った。
母の朝食用のアジの開きから、ピンセットで骨抜きをした。汚れたビンセットを洗い桶に放り込んでおいたのを忘れ、指先に刺してしまった。今もキーボードを押したり、スクロールする時、指先が痛む。
昔、同様に包丁を放り込んでいて、石鹸水に思いっきり手を突っ込むと、ザックリと指先を切ったことがある。以来、包丁は洗い水に漬けないようにしている。しかし、ピンセットまで気が回らなかった。

食器洗いが終わり母の出支度に急いだら、椅子に足小指を思いっきりぶつけてしまった。
「ウッ」とうめいたまま声が出ないほどの激痛。
痛みが治まり、慌てて家を出て診療所に向かった。
途中、ガスを消し忘れたような気がして落ち着かない。出かける時は丹念に点検するので、忘れていないはずだが、とても気になる。そんな時のためにマイツーホーがある。東京ガスへ電話を入れ、確かめるとガスは止めてあった。もし、止め忘れていたら、遠隔操作で止めてくれる。

マイツーホー費用は月500円弱。私は3ヶ月に1回ほど問い合わせているが、心配性には高くはない額だ。問い合わせなくても、90分ガスが流れていたら自動で止まる設定になっている。

HahaMint_2生協浮間診療所の後、桜並木の薬局へ行った。

薬の処方に時間がかかるので、東京北社会保険病院屋上庭園へ行った。以前は至る所花で溢れていたのに、経費削減のあおりで、花壇にはジャガイモが植えてあった。上写真の母の後ろ。

先日、刈り取られたミントは石畳の隙間にまで逞しく繁茂していた。下写真。

薬屋へ戻ると車椅子取手に掛けていた母の杖がない。東京北社会保険病院の庭でヤマモモを摘む時、枝を引き寄せるのに杖を使い、そのまま忘れてしまったようだ。慌てて引き返すと、杖は枝にぶら下がっていた。

今日は物事がスムースに行かない日だ。ひどく疲れたので食材の買い物はやめ、そのまま薬局から帰宅した。

Koharu1_3

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