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2009年6月 3日 (水)

ダイナマイトは甘い味。09年6月3日

明日、ポスター原画のラフスケッチ10枚を提出する。デザイナーがタイトルをレイアウトして、8日、電通でクライアントへラフプレゼンされる。

しかし、夜になっても、まだ1枚も描いていない。毎日、ぼんやりテレビを見ながらアイデアを練っている。私はコツコツと積み上げるのが苦手で、エネルギーを集中し一気に描き上げる。だから、今から描いても、提出時間に十分に間に合うと思っている。

昔は、徹夜で描き上げてから、先方へ持参するかバイク便で送っていた。今はメール添付で送信する。画像資料も制作日程表も、メールで送って来る。この利便性は、母の介護で時間にゆとりのない身には助かる。

「FAXや電話で十分こと足りるのに、なぜにメールが必要なんだ。」
先日、パソコン嫌いの知人が、メール好きの部下たちをこきおろしていた。自分を例にして利便性を説明したが、彼はどうしても理解できなかった。
FAXが普及した頃、
「書類を送るのは郵便で十分。急ぐなら先方へ持参すれば良いのだ。」
彼はFAXをこき下ろしていた。このような上司を持つ部下は苦労しそうだ。

仕事をしている傍らでテレビが喋っているが、画面は殆ど見ない。
「見ないのなら、ラジオの方が良いだろう。」
人に言われるが、間断なく喋り続けるラジオは仕事に不向きだ。テレビは適度に間があって、仕事の邪魔にならない。もし、仕事に関連する画面が出たら、即、仕事に取り入れたりする。

去年、仕事部屋の15年使っていたテレビが壊れた。それを機会にテレビ無しで過ごそうと決意したが、母の部屋のテレビを見に行く時間が長くなっただけだった。それで金を工面し、投げ売りしていたアナログ最終製品の液晶を買った。14インチで2万2千円だったが、今なら更に激安だろう。

仕事中の番組はNHK教育が多い。教育テレビは、感情的でないので仕事の波長に合う。苦手なのは、民放の騒がしいバラエティ番組だ。これは頭が痛くなる。

最近面白かったのは、化学教育番組の「エステル」だ。
殊に、ニトログリセリン製造過程は大変に珍しかった。場所は延岡市近郊山中の旭化成工場。分厚い堅牢な土塁に囲まれた工場は、建物も製造機器も驚くほど質素で古めかしかった。

最初の画面は、グリセリンと混酸(濃硫酸と濃硝酸を3:1で混合した酸)の二つのタンクが並んだ薄暗い工場。双方から伸びたパイプはコマのような混合部で合流し、シンプルにニトログリセリンが合成される。コマ状の混合部は仕上げが荒い凸凹の手作りステンレス製。近代的な精密機器を期待していたので、とても意外だった。しかし、安直に見えても100年以上の歴史のある装置で、安全性は極めて高い。出来上がったニトログリセリンは余分な酸などを洗い落して精製。

更に驚いたのは、精製し終えたニトログリセリンに白い粉末状の硝化棉を加える工程だ。バケツに静かに注がれた透明なニトログリセリンに硝化棉の粉末を手作業で加え、おばちゃん作業員が竹竿で混ぜると乳白色のゲル状に固まった。大変危険な工程なので、ハイテク装置を遠隔操作していると思っていたのに、まるで和菓子屋の作業場の雰囲気だ。
ニトログリセリは僅かな振動や温度上昇で大爆発する。それに珪藻土を混ぜて安全性高く扱いやすいダイナマイトにしたのは、ノーベル財団の創始者ノーベルの功績である。その後、改良が進み硝化棉に代わったのだろう。

バケツで混ぜ終わった硝化棉とニトログリセリンは、酸化剤と澱粉が加えられ、大きな四角の白あんそっくりに仕上がり、おばちゃんたちの手で紙で包まれダイナマイト工場へ出荷された。番組では、白あんのニトログリセリン含有量は20%と言っていた。

半世紀前の中学生の頃、同級生がダイナマイトを学校へ持って来たことがある。
「甘いぞ。」
彼はダイナマイトの灰色がかった羊羹のような中身を齧ってみせた。私も少し試してみると、本当に甘い。
ニトログリセリンは心機能を高める薬で、母もその貼り薬を使っている。齧ればめまいや立ちくらみなどの副作用がある。私たちが何ともなかったのは、齧った量が少なく、元気な盛りだったからだろう。

残ったダイナマイトは彼がゴミ焼き場で火を着けた。ダイナマイトはロケット噴射のように勢い良く燃えた。ダイナマイトは起爆剤の雷管や、ハンマーで強い衝撃を与えたり、瞬時に高温で熱したりしなければ爆発しない。一般に知られていないが、深夜都内の幹線道路を大量のダイナマイトを積んだ大型トラックが行き来している。それでも爆発事故が起きないのは、この安全性のおかげだ。

その後も、同級生は次々と危険物を学校へ持って来た。
ある日教室で、旧軍の小銃弾から火薬を取り出そうとしていた。ドライバーで真鍮の薬莢部分をガチャガチャさせているのを見て、「爆発するぞ。」と、私たちは慌てて逃げ出した。しかし、彼は分解を諦め、何事もなくすんだ。その後も彼は無事に過ごし、自動車整備士から整備工場を起こして成功した。

それは終戦から10数年過ぎた頃だった。中高生を過ごした宮崎市郊外の高射砲陣地跡には錆びた砲弾が転がっていた。昆虫採集では、青酸カリの入ったガラス瓶に昆虫をいれ、発生する青酸ガスで殺して標本を作っていた。戦時中の武器弾薬、毒物、ヒロポン(覚せい剤)まで、身近に残っていた。大人だけでなく子供たちも、それらの危険物を上手く扱っていた。その時代と比べると、今の子供はひ弱で凶悪だ。

Kouzo写真。赤羽自然観察公園のコウゾの熟した実。
ヤマグワと勘違いされるが、コウゾは球状に赤く熟し、桑の実は楕円に黒く熟す。
食用になるが、表面に残る細かいヒゲの口触りを敬遠する人がいる。私は気にしないので、甘くとろりとした実を、毎日美味しく食べている。

最近まで、どう調べても名前が分からなかった。植物に詳しい知人に、写真をメール添付で送ると、「コウゾ」と、すぐに返信があった。これも、メールの威力だ。

コウゾは和紙の原料になる。樹皮繊維は大変強く、折っても皮はちぎれない。
公園のこの木も、心ない者に枝を折られ、樹皮がちぎれないままに長く無惨に剥けていた。


you tube動作環境でしたらどおぞ---*・゜゚・*・*・゜゚・*
風はいつも見守ってくれた
美しい人

Ma_3

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