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2009年6月30日 (火)

十条富士塚の祭礼「お富士さん。」と湯島天神での大祓。09年6月30日

電通の仕事はなかなか本番に入らない。修正した25日提出ラフ2枚を更に修正して、今日1時に担当デザイナーへ送付した。今度はクライアントの要望を殆ど満たしたので、ラフ提出は今回が最後だろう。
昨夜は殆ど寝ていないので眠い。しかし、6月30日は十条富士塚の祭礼と湯島天神の大祓。二つとも毎年欠かさずお詣りしている。

2時に家を出れば母の夕食までに帰宅できると、大急ぎで昼食を用意した。
おかずは身欠きニシンと昆布の煮付けに朝の味噌汁の残り。身欠きニシンは昨日甘辛く煮込んでおいた。煮物は一晩経つと美味くなる。他はご飯を電子レンジで温めるだけなので、昼食はすぐに用意できた。

余裕で2時に出かけられると思ったのは間違いだった。
メンテナンスが終わったはずのブログを点検すると、プログが消えている。
「そのURLは存在しないか、管理者が削除した。」とダイアログが表示されるだけ。思いつく限りアクセスを試したが、総て同じ表示。あっという間に2時半になってしまった。

nifty相談係へ電話を入れると、30分待ちとのアナウンス。電話機をオンフックにして、出かける準備を始めたら、20分で繋がった。
「今日のメンテナンスが原因です。現在、ブログ復旧に頑張っています。」との回答。それなら心配ない。7時帰宅に予定変更し、母の夕食を用意して3時半に家を出た。

埼京線北赤羽駅は停車電車が少ないので、赤羽駅まで歩いた。
高崎線4時7分発上野行きは空席が多く楽に座れた。蒸し暑い日で、冷房の効いた車中の大半は居眠り中。私も居眠りしたいが、眠気覚ましに飲んだ濃い抹茶が効いて眠れない。
上野4時16分着。どんよりと曇り、時折雨がぱらつく。上野公園は相変わらず中国人観光客が多い。
忍ばす池への下り坂にある五条天神へお詣りして、しつらえてある茅の輪を厄払いに、左右左と8の字にくぐった。

June_2_2June_3_2June_4June_5June_6_2写真1。忍ばず池のボート。

写真2。湯島天神の茅の輪。その前で、大祓の前に若い宮司が中身のない演説を延々としていて、くぐることができない。五条天神で済ませておいて良かった。
母のことが気になるので、形代だけ納め、式典には参加せずに帰路についた。次に行くのは大晦日の大祓。それまでの生活費のめどはついているが、その先はない。

写真3。湯島天神の女坂。殆どの人は急な男坂を使う。私は始めて女坂を下りた。いつもと違うことをすると運気の流れが変わる。これで、停滞し続けの運気が上向きになり、今年の年末も乗り越えられるかもしれない。

御徒町駅へ真っすぐ歩いた。直ぐ前を、中年男性が傘を後ろへ突き上げるように歩いている。小さな子供が後ろを歩いていたら、目を突き刺してしまう。こんな配慮の無い男とは付き合いたくない、と思いながら追い抜いた。

写真4。東十条駅で下車。陸橋から赤羽方面。何でもない風景なのに、いつも眺めてしまう。立ち止まり、母に電話を入れた。
夕食は、ヨーグルト、ワイン漬けプルーン、ブルーベリー、エンシュアリキッド。それらが温まらないように保冷剤を置いておいた。
電話でその保冷剤を食べないように念を押した。母は昔、ます寿司に入れてあった脱酸素剤の小袋を無理矢理破いてます鮨にかけて食べた前科がある。脱酸素剤はただの鉄粉で毒ではないが、美味くはない。
「かけると美味しいよ。」
母は私にも薦めた。黒い粒をゴマだと思い込んだようだ。
そんな思い込みが激しい母が、溶けて柔らかくなった保冷剤を蜜の袋と勘違いして、ヨーグルトにかけるかもしれない。「食べるな。」と母に念を押すと「間違える訳ないでしょう。」と笑っていた。

写真5。十条富士塚の祭礼。地元では「お富士さん。」と親しみを込める。
高さ10メートルほどの富士塚に善男善女が行列していた。10分ほどかけて頂上に登り、小さな祠に来年までの安泰を願った。

帰りは埼京線十条駅へ向かった。
雨が止んで夜店通りは家族連れで賑わっていた。混雑でなかなか前へ進めないので、途中から裏通りへ入った。そこかしこに子供たちが腰を下ろし、夜店で買った焼きそばなどを食べている。
お面をかぶった小さな男の子が刀を腰に差そうとしているのが可笑しい。ベルト無しの半ズボンで、色々工夫した末、子供は半ズボンの片足に通した。私たちも、彼のように片足に刀を差していた。時代が変わっても、子供が考えることは同じ。

十条駅から埼京線に乗車し、予定より1時間早く帰宅した。
ブログは回復していたが、投稿は遅くまで混乱していた。

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