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2009年7月30日 (木)

母は脱水症を引き金に老人性欝を起こしていた。09年7月30日

以前、母は朝が一番元気だった。しかし、最近の母は朝が極めて悪い。今朝など、話しかけても殆ど応えず、テレビも点けずに死んだように目を閉じていた。寝冷えでもしたのかと、体温を計ると36.5度の平熱。他にも悪いところは見当たらない。朝、極度に疲労感があって気分が悪い症状に老人性欝がある。母の場合、暑さによる脱水症と疲労が欝を引き起こしたのかもしれない。夏、老人は家族が気を配らないと水分摂取量が極端に落ち、脱水症を招きやすい。思いつく手を打って、それでも回復しない時は診療所へ連れて行くことにした。

次の常備薬を30分おきに飲ませた。
最初に強壮ドリンク。1本200円と安く、ヂオウ、イカリソウ、オウセイ、オウギなどの強壮効果のある生薬にカフェインが配合されている。即効性があり気分が爽快になる。
昨夜から咳き込んでいたので、カリン酒を水で薄めたもの。
朝鮮人参粉末の水溶きで吐き気止めのナウゼリン5と強心剤の救心。ナウゼリンは胃腸の働きを活発にさせる。
食前30分に漢方胃腸薬。
以上で飲んだ水分は総計500ml強。漢方胃腸薬を飲ませる頃には、母は少し元気になり寝室のテレビを自分で点けて見始めた。

昔から、具合が悪い時に水を含ませると一瞬元気になる。あれは脱水症が治まるからだろう。
2006年秋の早朝、母の意識が混濁して反応がなくなり、死にかけたことがあった。その時、試しに吸い飲みで水を一口飲ませると意識を取り戻した。
その後、東京北社会保険病院に緊急入院させた。原因は急性胃潰瘍による脱水症で、点滴ですぐに回復した。その時、"命の水"は本当にあると思った。

総てを飲み終えた後、珍しく母は朝食を完食した。
朝食後、シャワー介助にヘルパーのOさんが来た。
「お母様はお疲れのようで、今日は身体を拭くだけにしてほしい、とおっしゃっていますが。」
Oさんが仕事部屋へ来て心配そうに言った。
「かまわないから、いつものようにシャワーを浴びさせて下さい。
死なない薬を沢山飲ませておきましたから、荒っぽく扱っても大丈夫です。」
そう言うと、母は「ひどいことを言う。」と、愚痴りながら浴室へ向かった。

シャワーの後、Oさんと母が楽しそうに話している声が聞こえた。これで診療所へ連れて行く必要がなくなり安堵した。
Oさんが帰った後、残り少なくなった強壮ドリンクとお昼の食材を買いに出た。
朝から湿度が高く、30度を越す炎暑だ。しかし、母の車椅子がないので、汗はまったくかかず快適に歩いた。毎日、大汗をかくくらい運動をしていると、暑さに強くなるようだ。

HyakuSingasi_2Watasi写真1。
久しぶりの夏空に百日紅の花が美しい。
60年近く昔、通っていたお寺の幼稚園の庭にこの木があった。子供たちは"サルスベリ"の名に惹かれ、明るい滑らかな木肌を登ろうとしたが、滑って巧くいかない。そんな時、子供たちは葉を摘んで掌と足裏に擦り付けて登った。百日紅の葉には粘りがあり、擦り付けるとベタつく。木肌はスベスベしているのに同じ木の葉っぱはベタベタ。子供心にとても不思議な木だと思った。

写真2。
新河岸川下流方向。1キロ程下ると岩渕水門があり、そこから隅田川と名を変え東京湾へそそぐ。明治期までは、上流の川越と江戸を結ぶ重要な水路だった。その頃は、肥料用の江戸市民の糞尿を満載した舟が遡り、帰り舟は川越の農作物や味噌醤油を満載して下った。

写真3。
埼京線北赤羽駅近くのカーブミラーに写った私。50代から、半袖で日射しを受けると日光アレルギーを起こすようになった。だから、真夏も長袖で通している。子供の頃、日南の強烈な日射しの下で過ごして、肌が弱くなってしまったようだ。

夕食前、昨夜録画したテレビ東京の「9デイズ」を母に見せると、面白いと見入っていた。母の不調は体調の悪さではなく、精神的なものだったようだ。この判断を誤り、本人が希望するままに安静にさせておくと、筋肉が弱り一気に寝たっきりになってしまう。意外にこのケースは多い。

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