« NHKスペシャル「マネー資本主義」、偽装されモラルが欠落した金融工学。09年7月20日 | トップページ | 松の蜂蜜と遊び友達。小説のような親友は滅多にいない。09年7月24日 »

2009年7月22日 (水)

次は北関東で皆既日食。私は90歳で、見るのはちょっと無理か。09年7月22日

子供の頃から、半分欠けただけの日食は何度か見た。その頃は、小学校でガラス板が配られ、ロウソクの炎で黒く煤けさせて太陽を見た。今は煤ガラスは目を痛めるので禁止されている。

その中で最大だったのは51年前の92%食分で、宮崎市郊外の田園に囲まれた中学校で見た。日食が最大に達した時、青空が夕暮れのように暗くなり、高くさえずっていたヒバリたちが巣へ戻って行った。太陽が美しく細い三日月に変わったシーンを映画のように記憶している。今、その中学校はびっしりと住宅に囲まれ、昔の面影はどこにもない。

今回は緑道公園桜並木の三日月模様の木漏れ日を楽しみにしていたが、見ることができなかった。朝の雨はすぐに止み、お昼前に雲が薄くなった。その頃、都内の一部では雲を透して日食が見えたらしいが、私は俯いて車椅子を押していてチャンスを逸した。
仕事は無事に終え、来月末に振込がある。しかし、安泰にはほど遠く、次の手を講じないと危うい。そんなことを考えながら、鬱々と車椅子を押していた。

次の皆既日食は26年後の北関東。もし、私が90歳まで無事に過ごせたら見ることができる。その頃は母は影も形もなく、私は目がかすみ、腰が痛くて長く見上げているのが辛いだろう。

最近、散歩の都度、母は博多警固の菩提寺の墓に入れないでくれと言う。父や姑の入っている墓に入って、厭な思いをしたくないようだ。母は献体の組織白菊会の30年前からの会員で、白菊会の無縁仏を祭る墓所が文京区の古刹にある。そこなら只で永代供養をしてくれるから、そこが良いと言う。
「死んだ後のことなど本人は分からないから、どうでもいいだろう。」
私は受け流すが、母はそう簡単に割り切れない。
「それなら、半分はそこに祭って、残りは粉にして、あちこちにばらまく。」
そう言うと、母はちょっと不機嫌になる。

母がいつまで生きて、どのように死ぬかは大問題だ。母には仕事が安定するまで、現状維持で頑張って欲しい。一番拙いのは来年前半以前に弱ること。景気回復は安定せず、生活を維持するだけで大変だからだ。昔は金がなくても気楽に死ねた。しかし、現代は金無しでは死ねない。弱ってから死ぬまでに数ヶ月かかり、その間の負担はとても大きい。

母より大変なのは私の死期だ。もっとも、独り者の私が病に倒れたら手厚い介護は受けられず、あっさり死んでしまう。それはそれで幸運だ。私は助からないと分かったら一刻一秒も頑張らないことにしている。去年の秋に死んだ姉もそのようにあっさり死んだ。性格は違っても、死に対する考えは似ていた。

先日、アーサー王物語を見ていたら、勇者たちは恐れず敢然と戦って次々と死んで行った。人類史の殆どで、庶民から王族まで死をあっさりと受け入れていた。死の先延ばしができるのは近代医学の恩恵だ。現代人は、金さえあればいくらでも死期を延ばせると錯覚している。しかし、永遠の生などない。死を先延ばしても苦しみが増すだけのことだ。
「最期の最期まで頑張るのが勇気です。」
助からないと分かっているのに好き勝手を言う者がいるが、水をぶっかけてやりたい。私は十分過ぎるくらい頑張って生きている。だから、最期は頑張らず、あっさり気分よく逝きたい。

HagiYuhi1_4自然公園の萩。水滴が水晶のように美しい。

昨日の我が家玄関から見た、新河岸川と荒川河川敷と川口方面。

|

« NHKスペシャル「マネー資本主義」、偽装されモラルが欠落した金融工学。09年7月20日 | トップページ | 松の蜂蜜と遊び友達。小説のような親友は滅多にいない。09年7月24日 »