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2009年8月 1日 (土)

生きる意欲の有無が老人の生死を分ける。09年8月1日

午後、窓から冷たい風が吹き抜ける。猛暑の季節になのに異常だ。この気候不順のせいで野菜が値上がり始めた。しかし、キャベツとレタスが豊作なのは助かる。私はキャベツ好きで、ちぎって早漬けの素を軽くつけて食べ始めると止まらなくなる。

Hanabi夕刻、次々と花火の轟音が聞こえた。
忘れていたが、今日は戸田と板橋の共同花火大会だった。
玄関を開け戸田橋方面の夜空を眺めると、次々と大輪の花が咲いた。
玄関前通路には、浴衣姿の親子が一組、楽しそうに眺めていた。

こちらへ引っ越して来た10年前は、通路は見物客で一杯だった。私は隣近所に呼ばれ、あちこちでビールを御馳走になった。その賑わいに遠く及ばないが、ささやかな夏の風情を感じた。一人、ぼんやりと花火を眺めているのは寂しいので、部屋へ戻り、仕事をしながら音だけを聞いていた。

今日、81歳になる知人の訃報を聞いた。
知人は入院していたが、差し迫った病状はなかった。家族に経緯を聞くと、突然に生きる意欲をなくし、医師の処置も功を奏せず一晩で亡くなってしまった。
母を見ていても、老人には生きる意欲が生死を分けるほどに大切なようだ。

最近の母も、ちょっとしたことでがっくりと弱る。
午後、ビデオを見ていた母はお茶をこぼしたと私を呼んだ。私は手を外せない用事をしていたので、総て片付けてから行った。
「お茶くらいなら、自分ですぐにティッシュで拭けただろう。」
こぼれていたお茶は僅かだったので、強く言った。
「ただ呼んだだけ。来てくれなくても良かったのに。」
母は訳の分からない言い訳をした。しかしすぐに、意味もなく呼びつけたことに気づき、
「言う通りね。自分が厭になる。」とベットに横になった。

その後、母は滅入る一方で、ベットから起き上がることができなくなり、夕食も要らないと力なく言った。午前中の散歩は普通に行って、知人と明るく挨拶を交わしていた。お昼も完食し、ビデオを楽しそうに見ていた。母は体調が急変したのではなく、私とのやり取りで突然に意欲をなくしてしまったようだ。我々なら大きなショックがあっても、そこまでは落ち込まない。しかし、高齢者は実に脆い。入歯が破損したり、部屋を模様替しただけで鬱状態に陥り生きる力までなくしてしまう。

こんな時の対応は芝居じみたものになる。うやうやしく母の体温と血圧を計り足の浮腫みを調べ、普通のサプリメントを200円の強壮ドリンクで飲ませた。
「顔色は良いし、身体に悪いところはどこにもなく健康そのものだ。大変高価な薬を飲ませたから、すぐに元気になる。」
そう言うと、母は「色々気を使わせて、すまないね。」と感謝し、仏壇に灯明を上げてくれと頼んだ。我が家の仏壇の鐘は戦前の品で大変音が良い。灯明を点け鐘を鳴らすと母は大変喜んだ。
「良い音だね。何だか、仏様に叱られたみたいに聞こえる。」
母は澄み切った鐘の余韻に聞き入りながら手を合わせた。

小一時間ほど放っておいたら母は元気になり、自分で起き上がり夕食を食べたいと言った。
何が良かったか分からないが、最後の鐘の効果が一番あったようだ。今までボケ防止にと母に強く当たっていた。今はその段階を過ぎてしまった。これからは、万事穏やかに接しようと考えている。


Neko2_2Neko3緑道公園の地域ネコ。
飼い主が引っ越す時に、公園に捨てられて行った。

人懐っこく、誰からも可愛がられている。
数人のネコ好きが、食事から病院まできめ細かに面倒を見ている。

母をバックに写真を撮ろうとしたら、
「何、何。」とカメラを覗き込んだ。
それから、身体をかいて、おすましした。

若くはなく、先日の猛暑の頃はぐったりしていたが、このところの涼しさで元気になった。

Ma_3

Ma_4

Ma_5

Goof

Mas

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