老後は心がけ次第で、楽しくも不満だらけにもなる。09年8月20日
19日
東京北社会保険病院眼科へ母の定期診察へ連れて行った。
眼科と内科は同じ待合室を使う。眼科患者は子供や壮年もいるが、内科患者の8割以上は老人だ。車椅子の老人も多く、母を含め5人はいた。この光景につくづく高齢化社会を実感する。
先に、車椅子の80歳ほどのおばあさんが女性ヘルパーと眼科診察を待っていた。
隣の空席に座ると、二人の会話が聞こえた。
「お礼は良いんだけど、先日、一個あげた梨はどうでした。」
おばあさんが催促すると、
「帰ってから早速、とっても美味しくいただきました。」
ヘルパーは丁寧にお礼を言った。
おばあさんは、梨の品種別に美味しさを語ったあと、息子の自慢を始めた。息子は早稲田を卒業して東芝に入り、今は管理職のようだ。彼女は赤羽の旧家の資産家のようで、息子に使っていない庭付き豪邸を譲ろうとして断られた話しになった。
「2,3千万で売れるクズみたいな家だから、いらないのでしょうね。」
彼女の言ったのは昔の価格で、話しが本当なら、赤羽のその辺りの豪邸は2,3億はする。次々と続くおばあさんの自慢話に、ヘルパーは感嘆し、一つ一つ丁寧に応対していた。ヘルパーは時折、おばあさんを先生と呼んだ。おばあさんは先生と呼ばれたいようだ。昔、女学校の先生をしていたのかもしれない。
すぐに母は検眼に呼ばれた。眼科は診察前に眼圧と視力検査がある。母が検眼室に入ると、おばあさんはヘルパーに順番が間違っていると文句を言い始めた。ヘルパーはすぐに看護婦から事情を聞いて来て説明したが、おばあさんは納得しない。
「先月は10時15分に来たら、すぐに診察してもらいました。今日も10時15分に来たのに、どうして遅れているんですか。」
おばあさんは看護婦を呼びつけて食ってかかった。
「Aさんの今日の予約は11時になっています。申し訳ありませんが、早くお出でになっても、早い予約の方が先になります。」
看護婦は優しく説明するが納得しない。そんな無理に、ヘルパーは傍らで優しく対応していた。
もし母が同じように自慢話や無理を言ったら、私は即座に注意する。付き添いが男性ヘルパーなら適当に黙殺する。この忍耐強さは女性ヘルパー特有のものだ。母が終わる間、彼女の対応を感動しながら眺めていた。
おばあさんがごねている間に、母の診察は終わった。緑内障も白内障も変化なく安堵した。
病院庭を抜けるとパンパスススキが穂を出していた。キツネの尻尾みたいにフワフワで、童話の挿絵みたいに可愛い。園芸用の交雑種で種で増えないので庭草として重宝されている。それにしても、今年は穂の出は早い。例年なら9月に入ってからだ。
20日
朝、母のシャワー介助にヘルパーのOさんが来た。Oさんは誕生祝いにと、母に花束をプレゼントした。母の96歳の誕生日は来週月曜24日。最近、節目節目に母に来年があるだろうか、と思ってしまう。今夏は涼しくて何とか越せたが、これからは新型インフルエンザが猛威をふるう。日に日に、母の生き残りは厳しくなりそうだ。
Oさんが帰ったあと、薬屋に出かけ玄関に置く消毒液を探したが見つからない。店員に聞くと、インフルエンザ報道の後、開店同時に売り切れてしまったようだ。買い置きのまな板消毒用のアルコールがあるので、しばらくはそれで代用することにした。
午後、母は疲れてベットに寝ていた。
私は、テレビ映画の音声を聞きながら仕事をした。母が逝って一人になったら、本当の意味で野垂れ死にができる。そうなったら売れない抽象でも何でも自由に描ける。短い余生を、自由に派手に勢いよく終わりたいと思った。
老後の食事の想像図。
台所で、調理台をテーブル代わりにする。キャスター付きの椅子なので、冷蔵庫も電子レンジも総てに手が届く。左手冷蔵庫から保存していたご飯を取り出し、右手電子レンジで温める。右手のガスコンロでは、干物を焼いたり、鍋物を温めたりしながら直に食べる。冬場はコンロがストーブ代わりにもなる。工業用ステンレス網を火にかけて赤熱させ、手をかざすと、炭火のように暖かい。
食器は少なく使う。刻んだ、漬け物、おひたし等はまな板をお皿代わりに直に食べる。お皿代わりのまな板は、自分で松材を小さくカットしたものを使う。
食べ終わった残飯は右後ろのゴミ箱へ、汚れた食器は目の前の洗い桶に放り込む。背中が後ろの壁にくっつく台所の狭さは、飲み屋の雰囲気に似て心地良い。耐水薄型テレビを置けば、パソコンと無線LANで繋ぎ、旅の映像などを眺めながら食事ができる。
そんなこんなの毎日で、母と私の老後はアッと言う間に過ぎ去ってしまいそうだ。
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