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2009年9月 7日 (月)

物事は決まったようにしか動かない。09年9月7日

Haha玄関前で母を撮った。
散歩中は頭もしっかりしていて、とても元気だ。しかし、夜になると頭が混乱し、5分おきに意味のない用事で呼びつける。最近は睡眠導入剤のレンドルミンの効き目が悪くなり、飲んでから寝入るまで2時間以上かかるので更にひどくなった。認知症老人介護の大変さと比べると母は軽いが、それでも気が滅入る。

新型インフルエンザも心配だ。真夜中、2,3度目が覚めるので、その都度、寝冷えをしないように夏布団を掛けに行く。物事は決まったようにしか動かないと、割り切って諦めるのも介護のこつだ。逃げ道を考えると、逆に大変になる。

昨夜、友人から電話があった。先日、北アルプスの剣に行ったと話していた。山頂に近い山小屋には風呂に水洗トイレがあり、昔の粗末なイメージはない。但し、風呂の湯は使い回しなので、湯垢にまみれる覚悟が必要なようだ。

剣登山は相当に難易度が高い。最後の山頂までのコースは殊に厳しい。危険な箇所には鎖やハシゴが設置してあるが、ロッククライミングの経験がないと危険かもしれない。それでも登山者は中高年が多く、彼は驚いていた。そう話す彼も立派な中高年だ。私も同じだが、自分の年齢の自覚は難しい。いつまでも、気持ちだけは18歳のままだ。

細く険峻な尾根歩きの怖さを話している内に、私の生活の話しになった。
私もカミソリの刃渡りをするようなブレードランナーを続けている。生活が厳しいと良い絵が描けるが、安定するとダメになる。そのように絵描きの生き方は望みと成果が二律背反している。安らいだ一生を送りたい人は絶対に選んではならない職業だ。そう分かったのは最近だ。今更反省しても遅いので、このまま突っ走るつもりだ。

絵描きには二通りいる。
生命の輝きを描くタイプは、状況に無関係に生命力が旺盛な限り良い絵が描き続けられる。その代表がピカソだ。彼は精力絶倫で、老年まで旺盛な制作を続けた。彼の作品は、しみじみとした鑑賞には向かない。しかし、一瞬見ただけで元気を与えてくれる。だからか、常に勝負に賭けている起業家や投資家に好まれる。

対して、人生の陰影を描くタイプは、成功して陰影がなくなると絵もダメになる。
ゴッホ、ゴーギャンなどは生命感と陰影が混ざったタイプで、誰が見ても感動深い。

私は人生の陰影を描くタイプだ。もし、生活が安定したら、明るい元気な作風に変えようと思っている。しかし、間違いなく老いと孤独が待ち構えているので、その必要はなさそうだ。

野菜が高い。その中で沖縄産のニガウリ(ゴーヤ)だけが安い。大きなのが1本100円足らずだ。私は味噌汁が一番簡単なので毎日使っている。私は小さい頃からニガウリを食べているので、苦みは苦にならない。縦に割って、親指を立て綿と種を取り除く。今朝、気を付けていたが種の突起を爪の間に刺してしまった。これは痛い。化膿しないようにヨーチンをつけると、猛烈にしみた。綿はスプーンで取るのが安全だ。

野菜好きなので大量に野菜を入れ、味噌汁というより味噌煮に近い。今朝はニガウリ、タマネギ、茄子、オクラを入れた。それをドンブリに盛り、鶏の胸肉の塩胡椒焼きの固まりを乗せて食べた。この組み合わせはとても美味い。歳を重ねると根気がなくなるので、そのように食べ物に工夫している。

Kurumi_2赤羽自然観察公園の保護区域で手入れをしていたボランティアの知人からクルミの青い実を貰った。

青い実を剥くと不思議な形のクルミが出て来た。中央に深い溝があって、女性の尻のように見える。割ってみると鬼グルミより殻が薄く、びっしりと実が詰まっていて大変美味かった。

写真。去年、赤羽自然観察公園で貰った鬼グルミと今日のクルミを並べた。母が握るので、艶があるのが去年の鬼グルミ。

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