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2009年10月26日 (月)

年末年始まで、生活は切り抜けられそうだ。09年10月25日

Tyunen夕暮れ、友人が母の見舞いを兼ねて訪ねて来た。母と会うのは30年ぶりだ。友人が池袋の企業に勤めていた頃、仕事のついでに何度か我が家を訪ねた。

友人はベットの母とその頃の昔話をしばらくした後、私の仕事部屋でパソコンで遊んだ。

帰りがけ、友人は封筒に入れたお金を渡した。先日、電話で生活が大変だと聞いて、気遣ってくれたようだ。
「ただ貰う訳にはいかない。代わりに絵を持って行ってくれ。」
頼むと、子供向けの絵を選んだ。こんな時、絵描きは渡すものがあるのでありがたい。友人は近く子供向け教室を計画中で、役に立ちそうだ。

友人が帰った後、昔話をしたせいか、母の頭はしっかりしていた。今夜は混乱なく寝入ってくれそうだ。

昨夜の母の混乱はひどかった。
深夜、呼ばれて行くと、痰壷がないと言う。今時、痰壷などお目にかかったことはない。しかし、母はいくら説明しても納得しなかった。

結核が蔓延していた昔、映画館、床屋、駅などの公共の場所には必ず痰壷が置いてあった。円筒形の白い陶器で、蓋を取ると漏斗状の中蓋があって、そこにタンを吐くと下容器の石炭酸入りの消毒液に落ちるしくみだった。

石炭酸とはフェノールのことだ。昔はありふれた消毒薬で、熟年以上は保健室の臭いとして懐かしく記憶している。

母は肺に溜まった水を、時々咳と共に出す。サラサラした水様のタンだが、容器が必要なほどの量ではない。
「私が自分の子供も分からないほど、惚けていると思っているでしょうけど、お前が正喜なのは、よーく分かっている。」
と、母は、言っていることは惚けたせいでないと言い張った。そんなやり取りを続けているうちに、母は枕元のテレビリモコンを見つけた。
「ほら、ここにあったじゃない。この蓋を開いて、タンを取るの。」
母はそう言ってリモコンの裏蓋を取ろうとしたが、取れる訳がない。母はやっと間違いに気づき、笑い出した。
「あら、これはリモコンだ。そうそう、痰壷ではなくてリモコンを探していたの。」
変な言い訳だが、分かってくれて安堵した。

その後も母は混乱し、深夜まで15分おきに呼びつけられた。混乱は睡眠導入剤のレンドルミン服用後に起きる。それで今日は服用を半錠に減らした。その効果か、深夜に至るまで母は静かだ。

Jyumok_3朝からの雨は昼前に止み、公園の木々が冷たい風に揺れていた。

緑道公園中程、深い木々の陰に山ショウガが生えている場所がある。
そこにさしかかると、母は必ず子供の頃の話しをする。

夏の間、母は祖母に連れられ久留米郊外高良山の大学稲荷神社へ涼を兼ねてお詣りに行っていた。その参道に山ショウガが沢山生えていたので、その記憶が蘇るようだ。母の記憶の大学稲荷神社は鬱蒼とした森の中にあるが、後年、母と兄と訪ねてみると、明るい丘のような所でがっかりした。

我が家にはお稲荷さんが祭られている。祖母が大学稲荷の中の三九郎稲荷神社のから分けて貰ったものだ。それで私たちは三九郎さんと親しみを込めて呼んでいる。私が生まれる前から我が家にあるので、私は家族のように親しみを感じている。それは精神安定剤のようなもので、何か困ったことがあると手を合わせている。

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