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2009年10月 3日 (土)

夜、ベランダで洗濯物を干していると雲間に満月が見えた。09年10月3日

Tamah_2朝、散歩の準備をしていると姉が来たので、ベットの母を起こし、連れて来るように頼んだ。
「今日は疲れたから出ないと言っているよ。」
困惑顔で姉が戻って来た。
「仕方がない。」
私はベットへ行き、強引に母を起こして抱えるように連れ出した。
「疲れて動けない、と言っているのに。」
ヨタヨタと歩かされながら、母は駄々っ子のように文句を言った。
車椅子に母を座らせ荷物を出していると、お隣のYさんが出て来て声をかけた。
「お出かけですか。今日もお元気そうですね。」
母は反射的に、明るく挨拶を返した。
「何をおっしゃいます。もうすっかり弱ってしまってヨタヨタです。」
それから、母とYさんは雑談をしていた。その様子を姉は驚いたように見ていた。年寄りに慣れていない姉に、この短い間の母の変化は理解できない。姉は少し安堵したように私たちを見送った。

「苦労をかけている上に、勝手なことばかり言ってごめんね。」
道々、母はしんみりと謝った。
「どんなに疲れている様子でも、大丈夫と判断したら外へ連れ出すからね。」
私はきっぱりと言った。部屋でベットに寝ているだけなら、生きていると言えない。外気を吸い、自然を眺め、色々な人と声を交わしてこそ生きている意味がある。たとえ、3年の余命が半年に短くなっても、外へ連れ出す、と母と約束している。

帰り、桐ヶ丘生協に寄って仏壇の供物に林檎を買った。今日は去年死んだ姉の命日である。
「あの子とはあまり話したことがない。縁が薄かったのかな。」
母がポツリと言った。家族兄弟でもそれぞれに会話の量は大きく違う。姉がこの住まいを訪ねたのは三度程で、その間に会話した時間の総計は20分ほどだ。

帰宅すると姉が待っていた。姉に9月30日テレビ東京「白旗の少女」の録画を頼まれていたのでテープを渡した。「白旗の少女」には沖縄に住む姉の娘がちょい役で出ている。姪は地元のミニコミ誌に関わっているので、その関係で出たようだ。しかし、その夜は母の粗相の処理に忙殺され、「白旗の少女」は見ていない。

今夜の母は静かだと安心していたら、咳の刺激で吐いてしまった。ベットには専用の防水シートが敷いてあるので、敷き布団は汚れていない。しかし、寝間着などが汚れたので、すぐに洗濯した。夜、ベランダに洗濯物を干していると、雲の切れ間に満月が見えた。ぼんやり見上げながら、忙殺されている内に、母はテレビのスイッチを切るように逝くのだろう、とふと思った。

昨夜は仕事をしながらIOC総会の投票を見た。オバマ演説が功を奏せず、シカゴが早々と落ちたのは意外だった。落選地域の票がリオデジャネイロに流れたのは当然の結果だ。仮に、東京がリオと決選投票しても同じように大差で負けていただろう。
中継されたリオ現地の熱狂は見ていて胸が熱くなった。国民性から細かい所は問題が多いだろうが、熱いオリンピックになりそうだ。前回北京オリンピックは大国主義が鼻について見るのが厭になったが、リオはサンバのように楽しいものになりそうだ。

同じ南米でもブラジルとアルゼンチンはかなり国民性は違う。昨夜NHK世界ふれあい街歩き「ブエノスアイレス」を見ていたら、アルゼンチン人はかなりシャイで取り付きにくく見えた。町並みも想像していたのと違い、緑が多いのに乾いて荒んだ感じがした。アルゼンチンタンゴでの先入観の、古い町並みとほとばしる情熱とはかなり違う印象だった。

この番組は編集を押さえていて、等身大で現地を味わえる。たとえばラテン系の国が意外にクールでよそよそしく、堅そうなドイツ、殊に南ドイツは陽気で人懐っこい。フランスは一言一言がキザ。イギリスはがっちりし過ぎで気疲れしそう。

東西で比較すると、アジアの街はしっとりとして人情味があり魅力的だ。アメリカは寂しいほどに道が広く、私が慣れるのは難しい。カナダはアメリカに似ているが、人間がのんびりしていて断然住みやすく思える。当たり前だが、私は総合的に日本が一番繊細で優しく暮らしやすい。

Ma_3

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