« 貧乏は人生を美味しくするスパイス。09年11月10日 | トップページ | 年を取ると次々と身体に問題が起きる。09年11月14日 »

2009年11月13日 (金)

酉の市。09年11月12日

午後2時。母の体調が良いので、酉の市へ出かけた。雨が降りそうで風が冷たい。手早くお詣りを済ませようと、鴬谷から鷲神社へ行くコースを選んだが、王子駅で例年通りに下車してしまった。

王子から都電に乗り換え終点三ノ輪へ向かう。電車はレトロな9000形で正面に天皇即位記念の日の丸が飾ってあった。車内照明は暖色系で心地良い。
途中、おばあさんが下車しようとすると、「下りるから止めてあげて。」と、回りの小母さんたちが一斉に声をかけた。荒川線はまだ暖かい下町人情が残っている。

三ノ輪駅から日光街道へ抜ける梅沢梅沢写真館の外装は明るく塗り替えられ、レトロな趣が壊れていた。アーケードの商店も何となく活気がない。
日光街道から国際通りへ。竜泉あたりに多かった軒が傾いたような小さな商店は殆ど消え、瀟洒なマンションに建て代わっていた。僅かな間に、この辺りもすっかり変わってしまった。

時間が早いせいで酉の市は混んでいなかった。商売繁盛を祈り、お札所で小さな熊手を買った。
風が冷たいので急いで歩いた。例年なら革ジャンで来ているが、今日はTシャツにコーデュロイのジャンパーを羽織っただけだ。風邪を引くのではと心配になった。

ひさご通りを経て浅草観音様へ向かった。花屋敷遊園地の辺りで、お爺さんが「ふるさと」をハーモニカで奏でていた。熟年男女のグループが聞き入っている。この小学唱歌はハーモニカで聞くと、とても心に染み入る。感動した熟年男性が大きく拍手した。

母が70代半ばの頃、1度だけ今日と同じコースで酉の市に連れて来たことがある。途中、竜泉で樋口一葉記念館へ寄った。記念館近くに駄菓子屋があり、母と同じ年頃のおばあさんが店先でおでんを売っていた。母と食べたが代金は数百円と驚く程に安かった。全コース4キロほどを母は疲労も見せず歩いた。翌年行くと、その駄菓子屋は店を閉めていた。

生きている以上当たり前だが、母は生まれてからずーっと、どこかにいていつでも会うことができた。しかし、母が死ねばどこにもいなくなる。それは寂しいだけでなく、とても理解出来ない感覚だ。ハーモニカの「ふるさと」を聞きながら、そんなことを思った。

観音様の本堂は改装中でスッポリと覆われていた。本堂の線香の香りの中で、仕事が巧く行くことと、母の最期が静かであるように祈った。

仲店は真っすぐ歩けないくらい混んでいた。その3分の1は日本人ではない。今、東京で一番国際的なのはこの一角かもしれない。

昔、浅草に住みたいと思ったが今は違う。今は浅草の個性は失われ、東京のどこにでもある風景に急速に変わり始めた。

北赤羽に5時少し前に着いた。駅前のライフで鳥の胸肉を買った。イミダゾールジペプチドの疲労回復効果が一般に知られたせいか、最近、数量が減り値上がりしている。
5時丁度に帰宅すると、「お帰り。」と、ベットでテレビを見ていた母が明るく声をかけた。

洗濯物を取り込もうとベランダに出た。日が暮れるのが早く外は真っ暗だ。出がけに干した洗濯物は、冷たい風で乾いていた。

Toriti_2

Ma_4

Ma_5

|

« 貧乏は人生を美味しくするスパイス。09年11月10日 | トップページ | 年を取ると次々と身体に問題が起きる。09年11月14日 »