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2009年11月 8日 (日)

歴史上、いつまでも栄華を保てた国はない。09年11月8日

経済ニュースに、11月始めワシントンでの日米財界人会合で、日本側が首脳を揃えたのに、米国側は格落ちの役員クラスが大半だった、とあった。今は日本は凋落し、中国が主役に躍り出た、との論調だ。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず ただ春の世の夢のごとし
たけき者も遂には滅びぬ 偏に風の前の塵に同じ

今ほどこの言葉が、胸に突き刺さる時代はない。
千年前に世界一の文化と国力を備えていたのは中国だった。当時、日本は世界史に登場しない小国で、先進文化の殆どを中国から学んでいた。しかし、近世になり、地政学的幸運と勤勉努力が功を奏し、ジパンイズナンバーワンとおだてられるまでに繁栄した。

今は中国に繁栄の中心が移変わり始めたが、更に時代が変われば、アフリカの最貧国が、世界の中心に躍り出ることもあるのだろう。歴史上、いつまでも栄華を保てた国はない。

栄華と無縁でも、国民の満足度の高い小国は沢山ある。国民の満足度が高ければ、世界一など目指したりしない。たとえば、ヒマラヤのブータン王国は民主主義ではない貧しい農業国だが、大学まで教育の無料化を実現し、家族制度は保たれ、食料も自給されていて国民の満足度は高い。

世界一とおだてられていた頃、日本人の多くは何となくこそばゆく実感がなかった。
近年、若者たちと話すと、我々の若い頃のような強い上昇志向はない。豊かでなくても程々の生活ができればそれで良い、と考えている。今の私も生活に限定すれば、そのような若者たちと同じに多くを求めない。

本当は、日本人は戦後の高度成長期からバブル期を含め、大昔から一貫して、程々の生活を望む中庸の民族だったようだ。その点、中国やインドは違う。上から下まで強烈な上昇気運が満ちていて、競争や議論をすると我々はクタクタに疲れてしまう。そのようなストレス社会だから、インドでは仏教、中国では孔孟思想が生まれたのかもしれない。

私自身、今の世はストレスがたまる。そのせいか、時折、今までで何時が穏やかだったか振り返ることが多い。
その意味で、昭和30年代は好きな時代だった。頑張りたい者には広くチャンスがあり、普通が好きな人は程々に努力すれば、それなりの生活ができた。終身雇用も人情味も健在で、サラリーマンも上さえ狙わなければ居心地の良い時代だった。だから、一億総中流と呼ばれたのだろう。

しかし、格差社会の今は違う。先日、ブラック企業を特集していたが、凄まじい労働者へのイジメや暴力に驚いた。

ブラック企業は昔からあったが、今より間が抜けたところがあり、社会問題にはならなかった。その頃、友人が横浜の鉄鋼関係のブラック企業の事務職に就職した。まず、配置されたのは工場の現場で、頭上を電磁石に吸い付けられた数トンの鋼板がブルンブルンとたわみながら行き来かい、生きた心地はしなかった。
結局、彼は鋼板の溶接作業に立ち会った時、仮付けの鋼板が倒れて足の臑を削られ、それを契機に辞職した。

その会社は千人以上を募集し、残るのは百人程で、今で言うブラック企業だったと、彼は話していた。しかし、小綺麗な社宅に福利厚生も充実していて、安月給でもなかった。今の範疇では、その会社はブラック企業ではない。

Haha今日の散歩で、色々な人と会った。
桜並木では、大型犬の小次郎君と会った。彼は失明しているが、母の杖に付けた鐘の音を良く知っている。それで、遠くから私たちが近づくのを知って、待っていてくれた。

赤羽自然観察公園では、Tちゃんとお母さんに会った。彼女は木の幹が吸い上げる音を聞こうと聴診器を持って来ていた。水音はミズキが一番よく聞こえる。私も、直接耳を押し当てて聞くと、ドクドクと美味しそうに吸い上げる音が聞こえた。荒んだニュースばかりの中、自然の中にいるとホッとする。

古民家では、3ヶ月ぶりに母の知人親子と会った。彼女は母より二つ下の94歳。3ヶ月の間に足が弱り車椅子になっていた。彼女は息子さん夫婦と立川で暮らしている。こちらの東京北社会保険病院にかかっていて、月に1回だけ、赤羽のお嬢さん宅に来る。私が母にしているように散歩へ毎日連れ出せたら体力を保てるのだが、立川でそれを望むのは難しい。

帰り道、母は憂鬱に無口になった。急に老いた彼女のことがショックだったようだ。
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Gask人が文明を作ったのは、その心配性のおかげだと思っている。

飢餓への心配から農業が生まれ、死への恐怖から医学が進歩した。

死後の世界への恐れから、宗教や巨大墳墓が生まれた。

そのような訳で、小春じいはポチの心配性を非難はしていない。私の経験では、成功した経営者の多くは繊細で心配性の人が多い。ただ、一般人との違いは、そのマイナス要因を巧く操る能力を備えていることだ。

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