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2009年12月17日 (木)

明日のことは分からないから、希望も持てる。09年12月17日

深夜の室温16度。私は平気だが、母には無理だ。今冬、始めてストーブを入れた。
年賀状のプリントに8時間費やしたのに、まだ40枚ほど刷り残している。刷り始めは動作は早いが、10枚過ぎからスローダウンを始め、片面1枚に2分ほど費やしてしまう。私のシステムも老化し始めたようだ。

毎日、緩やかに母から生気が失せて行く。血液検査ではLAPが異常値を示していた。この異常値の原因に肝臓周辺のガンが含まれている。ガンが再発しているのは間違いないが、宿主が高齢なのでガンの成長も遅く、私も担当医も治療する気はない。もし、不都合が出たら対症療法で済ませることにしている。

Kumo
Ki_2夕暮れ、母を散歩に連れ出した。
上写真。夕日を受けた積雲が建物の間に見えたので、東京北社会保険病院の駐車場へ行って撮った。
下写真。午後の東京北社会保険病院下の公園。

昨日、昼間の緑道公園のベンチで若いホームレスが寝ていた。
寒さが厳しくなると、夜間眠れないホームレスはそのように昼間寝ている。彼らを「気の毒に」と思う人はゆとりがある。追いつめられると、明日は我が身と身近に感じてしまう。

今朝、母はベット傍らのポータブルトイレに間に合わなくて粗相をした。よくあることなので新聞紙が重ねて敷いてあり、床は汚れない。寝間着と床の新聞紙を手早く取り替え、母をベットに寝かせた。
「いつもすまないね。」ベットから母が謝った。
「気にしてないよ。」と言うと、
「あたしが死んだら、あの世から手助けしてやるよ。」と言った。
出来ることなら、今、良いことが起きて欲しい。思いつく限りの営業をやっているが、この停滞した世の中では成果は期待できない。

母の部屋に置いてある新聞紙が少なくなったので、古新聞を足した。
古新聞の中に日に焼けた新聞があった。日付は2001年12月6日。その頃は、母も私も去年死んだ姉も世の中も元気だった。古新聞の経済ニュースにNYダウ1万ドル台回復。狂牛病が騒がれていたのもこの頃だ。

今は2009年12月17日20時27分。この一瞬もあっという間に過ぎて行き、この古新聞のように思い出すのだろう。

午後4時前、母を散歩に連れ出した。日が短く夕暮れの暗さだ。それでも、母は外気を吸うと元気になる。街に出ると人とのふれ合いがある。顔見知りが挨拶したり、介護施設の車の乗員が母に手を振ってくれたりして、母は生き生きとして来る。

ライフで、明日の食材を買って帰宅した。
明日は必ず良いことが起きる、と信じることにした。明日のことは誰にも分からない。恵まれた人が突然不幸になることもあれば、その逆もある。分からないから希望もある。

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街はクリスマス飾りだらけだ。
子供たちは、はしゃいでいるが、大人は気が重い。

子供の頃、我が家のブリキ製煙突からは、サンタクロースが入ってくれないのでは、と心配した。それでも、枕元の靴下に玩具が入っていたので、サンタはヘビみたいにニョロニョロと煙突をくぐって来た、と想像した。

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