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2009年12月20日 (日)

絵描きは空想が行き過ぎて独り相撲をとりやすい。09年12月19日

玄関に出ると富士が見えた。
端麗な姿に、昨日、二人が遭難した不幸は微塵も感じられない。この確固とした自然と比べ人は塵のようにはかなく思える。

日射しは強く、母の車椅子を押していると微かに汗が滲んだ。緑道公園の路肩には3センチほどの霜柱が立っていた。今朝、この冬一番の寒気だったが、明日から緩むようだ。

自然公園の日溜まりで母と熱いお茶を飲んだ。太陽光の遠赤外線が身体の中から温めてくれて心地良い。明日は不安だらけだが、少なくとも今日の平和は実感できた。

Fuji_3

Kumo2

午後、残っていた年賀状を刷り終えた。
4時過ぎ、画材の補充に池袋へ出かけた。埼京線の車中、前席の40歳前後の夫婦が互いに息を嗅ぎ合っていた。女性が思い切り厭な顔をしたところをみると、男性は胃が悪いようだ。男性は「やっぱり」と言った顔で本を読み始めた。二人は共に希望のない暗い顔をしていた。

車窓には雲一つない夕空が広がっていた。
赤羽西の緩やかな丘のシルエットが、映像のように過ぎるのをぼんやりと眺めた。

土曜の池袋は混雑していた。パルコのエスカレーターへ乗るのに警備員が整理していた。
先日からふらつき気味の母が転ぶのが心配で、世界堂で画材を買うとすぐに引き返した。

帰りの埼京線は混んでいた。隣は若いアベック。男が女性に迫っている気障な台詞が聞こえた。
昔、軽薄な男を銀流しと言っていた。銀流しとは劣悪な水銀メッキのことだ。水銀と砥の粉を混ぜたもので金属表面を擦ると簡単に水銀がメッキされる。しかし、堅牢ではなく、すぐに落ちて汚くなった。
それが転じて軽薄な男の代名詞に使われた。悪趣味の派手なトレーナー上下の男はまさしく銀流しだった。趣味は悪いが、女遊びには長けているように見えた。

女はデートに出かけるような服ではなくGパンに質素な上着だった。女は気のない返事を返していたが、時折、男の押しの強さに崩れそうな危なかっしさが垣間見えた。

北赤羽で下車すると、ふいに若い頃の自分を思い出して、自己嫌悪に陥った。
私はアベックの男とまったく逆のタイプで、いつも独り相撲して関係をダメにしていた。そんな自分を思い出し「バカなヤツ。」と何度もつぶやきながら新河岸川河畔の暗い遊歩道を歩いた。

以前は自分はダメ人間と思っていた。しかし、絵描きに転職してから、同業者に自分と似たタイプが多くて安堵した。概して絵描きは、空想が行き過ぎて独り相撲をとり男女関係をダメにする。それを人はデリケートだからと言うが、少し違う。感性の部分では繊細で傷つきやすいが、世間体とか常識となると極めて鈍感でタフになる。だから、つまらないしきたりなどで悩んでいる世間の人を見ると、まったく理解できなかった。

そんなことをうだうだ考えながら、エントランスの郵便受けを開けると新しい介護保険証が届いていた。介護度は3から4に上がっている。週一回のシャワー介助と車椅子しか利用していない我が家には関係ない評価だ。

5時半に帰宅した。母は何事もなくベットに寝ていた。
シャワーを浴び終えて間もなく、子供時代を過ごした日南市大堂津からお歳暮が届いた。送り主の80歳を越した彼女は私の好物をよく記憶していて、それらがぎっしりと詰めてあった。

お礼の電話を入れると彼女が出た。日南地方の温かいのんびりした訛りが懐かしい。母に代わるとしばらく楽しそうに昔話をしていた。

Walkman

ウオークマン。
最近ではiPodの方が通りが良くなった。
ウオークマンが登場した30年前、カセットを一回り大きくしただけの再生器と繋いだヘッドホンから高音質の曲が聴こえ、人生観が変わるほど驚愕した。それから、すっかりはまってしまい、ソニーから新しい機種が出る都度購入し、毎日の散歩に必ず携帯した。
その頃から、世間の多くの人も音楽は外で聴くものに変化したようだ。

私は母の車椅子を押すようになってから、危険なので使わない。
その間に編集に使っていたカセットデッキは壊れてしまった。今、持っているのはメモリー記録の録音機だが、専用機と比べると音質は劣り使いにくい。

Ma_3

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