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2009年12月26日 (土)

今の日本に1番不足しているのは夢のようだ。09年12月25日

熊本の姪がカラシ蓮根を送って来た。母も私も大好物で、殆ど食べてしまった。飛びっきり美味いものでもなく、人によっては衣のボソボソ感が嫌われている。しかし、そのボソボソを含めて大好物だ。食べ物の好みは極めて個人的なものだ。たとえば、ほうれん草の甘い根は父の大好物だったのに、私は苦手だった。

暮れは理由もなく雑事が増え、忙殺されて1日が終わる。昨日は松飾りを玄関に飾った。松を1本買って来て、湯島天神から送られて来た小さな輪飾りを付け、松の切り口は本金箔で覆った。伝統的な行事をすると清々しい。

OsibaHaha上写真。御諏訪神社下の通りの紅葉の押し葉。車のタイヤに轢かれて葉の模様がついた。

下写真。東京北社会保険病院の庭にて。
今日は生協浮間診療所で定期診察。老人たちで混み合い、珍しく1時間近く待った。診察後、母がトイレを訴えたが、診療所のトイレは狭い。差し迫ってないと言うので、東京北社会保険病院まで我慢してもらった。

東京北社会保険病院の車椅子用トイレは広くて温水便座だ。それで、診察日以外でも使わせてもらっている。今日は、トイレの後、リハビリ室の廊下を伝い歩きさせた。

病院から駅前のスーパーに回った。クリスマスの雰囲気は消え、売り場は正月用品ばかりだった。客は多いが、デフレで売り上げは低調のようだ。

テレビは今日も鳩山首相の偽装献金のことばかり。名前を使われた人が激怒、と番組表にあったので見ると、激怒と言うより不満に近い。もし、名前を使われたのが私なら、「1千万、鳩山君に献金した。」とあちこち自慢して回りそうだ。

「税金のごまかしだ。」と怒っている人がいたが、私はピンと来ない。絵描きが現金取引で絵を売っても、申告したりしない。商店主、職人、中小企業の経営者など、青色申告をしている殆どの人は身に覚えがあり、私と同じ受け止め方だろう。首相の行為は不正だが、自民の族議員のように国費から合法的にくすね取ったわけではない。そんなことより、一刻も早く日本経済を再生して欲しい。

生協浮間診療所での待ち時間、待合室に置いてあったアエラを読んだ。中国で飛躍した日本人の記事、「欲望大国でつかむ夢」が面白かった。ヤクルト販売店を3年半で1500店舗開拓した社員とか、ユニクロ北京店をレジ待ち1時間まで繁盛させた店長とか、今の日本から見ると驚く程の活気だ。

比べて日本は気がめいるほど元気がない。この際、行き詰まった若者たちを中国に出稼ぎに行かせ、バイタリティを身につけさせるのも良いかもしれない。

戦前も、若者が日本で行き詰まると大陸に行って夢を掴んでいた。
母も家出同然に満州へ行って、宝石をバック一杯買って帰国している。
友人の父親もそんな一人で、満州の新京医大を出て医師になった。医大の義務で2年間は僻地医療をしなければならない。月給は今の貨幣価値で250万ほどだが、赴任地は何もない僻地で使い道がない。おまけに、まかない付きの官舎住まいで生活費はかからず、金が貯まる一方だった。

僻地赴任の後、新京に戻って結婚し友人が生まれた。一家の住まいは冷暖房に水洗トイレ完備の豪邸で、電話はダイヤル式。満州国政府は当時最先端の生活様式を満州に導入していた。敗戦後、日本へ引き上げた一家は、汲取式トイレに交換手に繋いでもらう旧式電話に暖冷房皆無の貧弱な住まいに慣れるのに苦労したようだ。

友人は宮崎の没落した旧家の出だ。友人の大叔父も満州に出て成功した。彼の大叔父は先祖伝来の失った山地を買い戻すようにと、大型トランクに札束を詰め荒縄でくくって実家に郵送した。トランクを開けた実家の親戚たちは、あまりもの巨額の札束に驚いて直ぐに送り返した。そんな大金を小包で郵送する感覚も凄いが、それ程に日本の郵便制度は信頼されていたようだ。
昔の大陸は利権に溢れた破天荒な土地であったが、今も、別の意味で破天荒なようだ。


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