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2010年1月28日 (木)

一人一人が闘わないと、夜は明けないのかもしれない。10年1月27日

26日火曜日
散歩道の食品店から焼き芋の香りが漂う。
「買って、くれんの。」
母が久留米なまりで言った。
「だめ。自分で焼いた方が美味い。」
私は焼き芋が得意だ。母の願いを無視して、赤羽駅前のイトーヨーカ堂へ向かった。

イトーヨーカ堂6階の車椅子用トイレは清潔で使いやすい。しかし、誰かが使用中だ。先日もその前も使用中だった。サービスカウンターに事情を説明すると、不正に使用中かもしれないので、警備に伝えると言う。2階の車椅子用トイレでも同じことがあり、調べるとホームレスが寝ていたと言う。車椅子用トイレは広くて暖かく快適なのだろう。ホームレスには気の毒だが、使えない母はもっと困る。2階の車椅子用トイレは使用頻度が多く、やや不潔だが、仕方なくそちらを使った。

その後、地下食品売り場へ行った。野菜売り場に千葉産のサツマイモ紅東が山積みになっていた。どれも丸々と太っていて、1個98円と格安。その中で一番ずんぐりしたのを1個選んだ。他に100グラム45円の鶏胸肉を3枚、冷凍むきエビ、タイヤキの白1枚を買った。

タイヤキの白は餅米粉の皮でモチモチして美味い。車椅子押しで腹が減ったので、一時押さえに店内のベンチで母と分けて食べた。太宰府天満宮の名物に梅がい餅がある。梅の形の焼き型に水溶き餅米粉を流し、あんを包んで焼いたモチ菓子でとても美味い。それをタイヤキ型で焼いたものと思えば、分かりやすい。

Imo_3写真は私が焼いた焼き芋。
滲んだ蜜で皮がツヤツヤしている。

帰宅してすぐ、買ったサツマイモを計ると1キロほど。私は特産地の南九州育ちだが、これ程の大物は珍しい。アルミホイルで包み、魚焼き網に載せ中華鍋で蓋をしてとろ火で熱した。

お昼は細かく刻んだキャベツにむきエビをたっぷり入れてお好み焼きを焼いた。ソースを塗り花カツオをかけると、キャベツの甘味にエビが調和して実に美味い。母は残さず食べた。

焼き芋は3時間熱し続けて、やっと柔らかくなった。アルミホイルを剥がそうとすると、蜜でしっかり貼り付いている。サツマイモは澱粉を糖化する酵素が含まれている。酵素は70度辺りで一番よく働く。それを3時間も続けたので、糖化した水飴状の蜜が溢れ皮を覆ってしまった。
熱いのを頬張ると安納イモに匹敵する甘さだ。糖化が限界まで進み、パサパサ感はなく、ねっとりと甘い。母に食べさせると「美味しい。」と感激して食べていた。この巨大さと美味さで98円は安い。

夜は「バス停留所」の絵を描いた。夜中まで10枚近く描き続けたが迷いがあって決まらない。午前2時、眠くなったので諦めて寝た。

27日水曜日
昨日の寒風は止み暖かい。桐ヶ丘生協で買い物した後、帰り道は桐ヶ丘中学裏のコースを選んだ。豪華な校舎への建て替えにともない、校庭周囲の木立を切り倒し、昔の深い木立の雰囲気はなくなった。

Haha_2団地側の公園は都の経費削減のあおりで年に2度ほどしか手入れをしない。そのおかげで、赤羽自然観察公園より自然が豊かだ。夏の頃は野趣溢れる草原で、ボーイスカウトがテントを張って訓練していた。

車椅子を押して団地内を行くと、赤羽自然観察公園で顔馴染みのおじいさんに会った。焼酎4リットルビンの空き瓶を大量にゴミ出ししている。
「沢山飲みますね。」
空ビンの山を指差すと、
「これだけは止められないよ。」
おじいさんは笑った。

「最近会わないね。」
彼が聞くので、
「園内の木が剪定され過ぎて、つまらなくなった。」と答えた。
「じゃあ、切っているやつらに文句言ってやるよ。」と言うので、礼を言って別れた。

赤羽自然観察公園では沢山の人と知り合いになった。散歩に出ると、いつも10人くらいの老人達と言葉を交わす。元来人付き合いは苦手で、最近それがちょっと重荷になっていた。正直言うと公園行きを止め、気が楽になっている。

夕暮れ、NHKクローズアップ現代「正社員の雇用が危ない」を聞きながら仕事をした。
突然にIDカードを取り上げられ、職場から閉め出された正社員の心情を思うと辛い。しかし、そのような会社の多くは、非効率で無駄が多く働く価値はない。システムを改善して利益率を高める能力がないので、手っ取り早く人件費を削るのだろう。内閣府調査では、企業内余剰労働力600万人。不況がそこまで行っているとは驚く。

昔の取引先に非効率な会社があった。打ち合わせに行くと、いつも会議中で1,2時間は平気で待たせた。会議は建設的なものではなく、社長が一方的にボソボソ語り、社員たちは黙って拝聴しているだけだ。長い会議のしわ寄せで、社員は深夜労働を強いられていたが、残業手当が付くので不満は漏れなかった。当然だが、会社は間もなく倒産し取引もなくなった。

去年までは「明けない夜はない」と楽観的だった。しかし今は、日本は構造的な重病に陥りつつあるように見える。理不尽に首を切られ嘆いている正社員。絶対大丈夫と思っていた産業界の優等生トヨタの相次ぐリコール。トヨタ車へのクレームは以前から相次いでいたのに、軽視して対策をとらなかったと言う。きめ細かくユーザーに配慮して成長して来たトヨタが、いつの間にか大企業病に罹っていたとは愕然とする。
世界大戦で敗れた後、日本人は泥まみれになり必死に闘って高度成長を成し遂げた。今の危機を二度目の敗戦と捉え、官民共に一人一人が真剣に闘わないと、夜は明けないまま更に深まるかもしれない。


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