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2010年1月23日 (土)

2025年までの企業家向けの未来予測レポートを読んだ。10年1月22日

企業家向けの2025年までの未来予測レポートを読んだ。と言っても、レポートは大変高額で長大で、私が目にしたのは概要だけだ。

一般向けの未来への心構えと言ったレポートではなく、未来の変化にビジネスをいかに結びつけて儲けるかに主眼が置かれている。それだけに視線は冷徹で、説得力があった。

大不況は2008年のリーマンショックから始まり、やがて終息すると思われている。しかし、レポートでは、それは資本主義経済の崩壊と変換の序曲に過ぎず、時間とともに元に戻っていた従来の不況と大きく異なると言う。

世界経済は猛スピードで変化し、今は中国、直ぐにインド、ロシア、ブラジルが台頭して、アメリカの地位は凋落する。その辺りは周知されているが、企業勢力図の変化は一般の予測外だ。10年後のもの作りは経済の脇役に落ち、有名ブランドの仕事は企画から、安く良質の部品を調達統合し販売するだけになる。すでに、アップルのipodやiPhoneなどは、部品から組み立てまで外注で作られている。もの作りが得意と思われている日本メーカーですら、半数の部品は世界から調達している。この状況で生き残るもの作りメーカーは少数のトップグループだけになり、他は市場から排除される。そこには、恐ろしい程の格差社会が垣間見える。

人口はネズミ算式に大爆発し、世界中で食料と資源の激しい争奪戦が始まる。資源はリサイクルで何とかなるが、食料確保は厳しい。そうなると、食料の輸出余力があるアメリカ、カナダ、オーストラリアは強い。しかも、それらの国が食料禁輸に走る恐ろしい予測もあり、自給率30%に落ちた日本では貧困層に餓死者が出るかもしれない。

高齢化は2020年辺りから中国で急速に進み、2025年には新興国の殆どで、医療と老人介護が重い課題になる。
日本の10年後は、年金制度と国民皆保険の健康保険制度は崩壊し、弱者は切り捨てられる。その頃の日本人は、今の不況の時代すら、眩しいほどの豊かな福祉国家として振り返ることになる。

母たちが福祉の恩恵を受けた最後の世代になるのは確実になった。母が75歳になった20数年前、医療費の無料化が始まり、どんな高額の手術でも気楽に受けられた。おかげで、母は高額な人工膝関節の手術を受けられた。健康保険が後退した今は、とても受けられない手術だ。更に10年後なら、診察を受けることすら難しくなっているかもしれない。今のように、国民が消費税などの負担を拒否続ければ、確実にそのような無保険社会が出現する。

食料確保は個人的に難しくても、健康は自己防衛できる。
10年後は、医療費を食うメタボは課税され、成人病が健康保険対象外になることは十分にありうる。しかし、日本国民が散歩や摂生で健康に励み医療費を削減すれば、健康保険制度の崩壊は防止できる。殊に歯磨きは生き残りに有効だ。高齢化社会で医療費で一番高額になりそうなのが歯科治療だからだ。
先日の番組で、虫歯になり治療ができず衰弱ししまったホームレスを見た。内科の病気なら医師にかからなくても治る可能性があるが、歯疾患だけは歯科医にかからないと治らない。近未来では、先のホームレスのような不幸が一般家庭で普通に起きそうだ。

心身共に健康なら、老いても働くことができ、激減した年金を補うことができる。いずれにせよ、心身の健康が、未来を生き抜く最大の力になる。農村に家族で移住して畑を耕し健康に励む。それが未来を生き抜く日本人像かもしれない。

以上、生活に直結する未来予測を抜粋した。当然、科学も発展するが、実生活への関わりは薄い。科学発展が生活を豊かにするのは、早くて2035年辺り。残念ながら私の老後は終わっている。

日本は高齢化社会に世界に先駆けて入った。その結果、世界の高齢化社会のモデルになり、開発された高齢者向けハイテクは世界標準になり得る。それが日本の希望かもしれない。

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今日は月1回の定期受診に、川向こうの生協浮間診療所へ母を連れて行った。
待ち時間なしで直ぐに受診はすんだ。担当医の藤沼医師の傍らには研修の若い女医さんがいた。母に上着を着せていると、女医さんが母が手にした帽子のバラが可愛いと褒めた。その辺りが女性医師らしい。

Haha_2浮間橋の上で撮った。
橋左手に平行して埼京線と新幹線がある。
新線ができる前までは、戦前の風情のあるコンクリート橋だった。

戦前、川向こうの浮間と赤羽は渡し船や木造橋で繋がっていた。しかし、大水の都度交通は遮断され、浮間の農民は難渋した。それで、浮間の住民たちが金を出し合い、近くの近衛師団工兵隊に頼んでコンクリート製の浮間橋が建設された。

昔の日本人は安易に公に頼らず、自分たちの力で何とかしようとした。そのような自助努力の強さが、戦後の高度成長を成し遂げたのだろう。その点、今の日本人はすぐに公に頼ろうとする。それが今の衰退を招いている気がしてならない。


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