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2010年3月29日 (月)

桜の季節に死と向き合う。10年3月28日

室温は16度。外は4,5度まで冷え込んでいる。
夕食後、寒さの中、夜桜を見に行ったが花見客はいなかった。私なら、寒い夜こそ芝生に炬燵をしつらえ花見をしたい。電源がなくても豆タンの火床があれば暖かい。ランプの明かりで、花見弁当を肴に気の合う友達と熱燗を酌み交わし、朝までダラダラと過ごせたら素晴らしい。母の介護から解放されたら、そんな自由を満喫したい。

豆タン炬燵は昭和40年代まで年寄りたちが使っていた。まるっこいアタッシュケースのような金属製で、小さな通気口が無数に開いていた。ケースを開くと石綿が内張りしてある。それに火を着けた豆タンを10個ほど並べて蓋をした。通気口は小さく、徐々に燃焼するので半日は温かかい。
豆タンは無煙炭の粉末を5センチほどのプチパンのように固めたものだ。中国では今も一般に使われている。石炭中の硫黄分が大気汚染を引き起こすので、石灰を練り込んで亜硫酸ガスを中和している。

昭和40年代、私は十条の彫金師、渡辺氏宅で修行中だった。
冬の午前中、トンカチ仕事をしていると、外でパチパチと大きな音がした。反射的に竹箒を持って飛び出すと、斜面の薮が燃え上がっている。直ちに竹箒で叩いて消火し、水をかけている頃に消防が駆けつけた。

斜面の上には老夫婦が住んでいて、毎朝、豆タンの灰を庭の隅に捨てていた。その灰の中に小さなおき火が残っていて、火種になったようだ。当時はよくあることで、老夫婦はきつく叱られただけで済んだ。しかし、消火が遅れていたら、老夫婦の古い木造家屋は類焼していただろう。その後、老夫婦は当時流行りの赤外線電気炬燵を買い、近所は安堵した。

YozakuraHanami上写真。夜桜。
以前の花見の頃は、ぼんぼりが下がって華やかだった。
今は、桜並木沿いの商店が減少し、5年前辺りからなくなり、寂しくなった。

下写真。昼間の花見客。
上野の花見と比べると、広々と好きな場所を独占できる。
一角には清潔で新しい公衆トイレがあり、花見に絶好な公園だ。
ただし、公園上に東京北社会保険病院があるので、大声で騒ぐと直ぐに警察に通報される。

土曜日の番組でスウェーデンの認知症老人専門の介護施設を紹介していた。
入所者は広い個室が与えられ、それまでの生活で使っていた品を持ち込むことができる。ケアも至れり尽くせりで、入所者たちの表情はとても穏やかだった。

対して、日本の施設では人手が足りず、入所者の心も荒んでいた。スウェーデン式の介護はふれ合いを重視し、毎朝、入所者の手を優しくマッサージすることから始める。それだけで、認知症の老人たちは気持ちが穏やかになると言う。
日本の施設でそのマッサージを試すと、険悪な表情で悪態をついていた老人が、感謝の言葉で職員をねぎらうように穏やかになった。肌のふれ合いは人の心を和ませるようだ。

効果が分かっていても、日本がおかれた現状では実施は難しい。スウェーデンでは行き届いた福祉のために、消費税25%、税30%の高負担を強いられている。それは日本では絶対に無理な数字だ。理由は日本人の意識が低いからではなく、長年の箱もの政治による税金の無駄遣いにある。これから、無駄遣いを徹底的になくして、役所や政治家が国民からの信頼を取り戻したら、国民は高負担を受け入れるようになる。

夕方からは、サイエンスZERO・最新科学が見つめる生と死「死と向き合う」を見た。
今回は身近な人を亡くした遺族の悲しみを取り上げていた。
番組では、亡くした悲しみが半年以上続く症状を「複雑性悲嘆」と呼んでいた。日本でこの状態に陥る人は年間100万人ほどいる。以前は病気として捉えられていなかったが、今は治療可能な病気としてメカニズムの研究が進んでいる。

「複雑性悲嘆」の症状は次の通りだ。身近な人の死に怒りや苦痛が続く。故人への強い思慕が消えず、死を思い出すと苦痛に苛まれる。無意識に思い出さないように心の中から死を消し去るために、重い欝状態に陥る。

番組中では、幼い子供を亡くし、その死を受け入れられずにいる母親の治療を紹介していた。
治療は、子供の死を医師から告げられた時のことを思い出すことから始められた。始めの頃、母親は思い出すと強い苦痛に動揺していたが、次第に冷静に語ることができるようになった。そして、子供との楽しい思い出を、自然に話せるようになった。

一番の治療方法は死別した事実を受け入れることだった。
この方法はペットロスにも使えそうだ。深夜教育テレビで写真家の岩合光昭氏が私の1冊として随筆家内田百閒の「ノラや」を紹介していた。岩合光昭氏は大変なネコ好きでネコの写真集を多く出している。「ノラや」は、内田百閒が可愛がっていた飼いネコ「ノラ」が家出をし、それを15年間も探し続け、見つからない寂しさを悲しむ内容だ。作者は自分の気持ちを詳細に描くことで、ペットロスの苦しみを克服して行ったのかもしれない。

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