様々な喪失。寝たっきり間近の母の再起を願っている。10年5月10日
朝食後、母を抱え上げるようにベットへ連れて行った。足の筋肉は痩せ、自立歩行は難しい。母の膝が落ちそうになる都度、支える私の術後の傷跡がキリキリと傷んだ。
「うちのご飯は美味しいね。」
横になった母が笑顔で話しかけた。
入院中の1週間、母は絶食状態だった。
病院に老人用の特別食はない。私も母と同じものを食べていたが、どうしてこんなに不味く作れるのか不思議なくらいだった。そんな食事を母が一口も食べられないのは当然だ。
「家はやっぱりいいね。」
母は穏やかに言った。昨夜は頻繁に起こされた。夜間の小用はおしめにするように言ってあるが、母はそれができない。それで私を起こして、傍らのポータプルトイレを使おうとする。
もし、入院中に私が適切に対応していたら、これほどの事態は招かなかった。土曜の退院以来、そのことを繰り返して後悔している。その一方、いつの間にか寝たっきりの母を受け入れている。
母の介護を始めてから、自分の老いを受け入れるのも素早くなった。先日は胆嚢を失ったことを、病室のベット上で悩んでいたが、今は受け入れている。
増えた介護の負担は早急に軽減しようと思っている。先程、ケアマネに電話して、今後のことを頼んだ。とりあえず毎朝、ヘルパーに来てもらい、清拭と散歩の補助をしてもらう。それだけで私の負担は小さくなる。
昼食後は私の入院費の限度額認定書を貰いに北区区役所へ行く予定だったが疲れを感じて止めた。東京北社会保険病院の会計に入れてある5万円の補償金は、認定書を発行してもらえば少しだけ戻る。
お昼前、母が椅子に座ってテレビを見たいと言うので、ベットから起こして椅子まで連れて行った。事前に牛黄を飲ませておいたので、やや足に力が戻っていた。テレビは九州筑後川の大川からのNHK中継。久留米出身の母は筑後川を見て喜んでいた。画面には筑後川特産のエツの美しい銀色の魚体が写っていた。
椅子の母にカメラを構えるとニッコリと笑った。
東京北社会保険病院から建設中のスカイツリーを遠望。
入院中、パソコンの電源を切っておいた。
中に電話の電源も含まれていて、入院中、私に電話をした知人たちは、通じない電話に母に異変が起きたのかもしれない、と思ったようだ。私のブログを見ている人たちは事情を知っているが、同年輩の知人の多くはインターネットと無縁だ。
入院中のメールも溜まっていた。
中に、絵描き仲間、宮トオル氏の訃報が含まれていた。
夫人はすぐに電話を入れたようだが、通じず、それでメールをした。彼は私より少し年上で話しが合った。私が連絡をしないと定期的にメールをくれていたが、今年になって途絶えていた。私も生活が厳しく、泣き言を言いたくないのでメールを避けていた。
突然の知人の訃報はショックだ。母が死んで自由になったら、彼のMacのゴミ掃除をすると約束していたのに、それを待たずに旅立たれてしまった。今頃は風になって、子供の頃のように自由に5月の空を駆け回っているだろう。
夫人に彼の最期を聞いた。死因は担当医が人工透析のカリウム濃度を間違えた医療過誤だった。
意識の薄れる中、涙が幾筋も彼の頬を流れ落ちたと言う。電話で聞きながら、深い哀しみが胸奥を突き上げた。静かな眠るような最期だったと言うが、残された者たちの喪失感は大きい。
葬儀は行わないのが彼の遺言で、ごくごく身近な者たちの立ち会いのもとでの直葬だった。夫人はお骨になった彼を見ても、まだ死の実感がないと話していた。亡くなったのは4月30日午後3時。その頃私は、一睡もできないほどの上腹部鈍痛の原因を知ろうと、川向こうの診療所を訪ねていた。そして、5月2日の荼毘の頃は、東京北社会保険病院で腹腔鏡での胆嚢切除手術の翌日でベットの上で痛みを我慢していた。
世間は人の死を直ぐに忘れてしまう。その虚しさを知っていた彼は、自分の死を誰にも伝えないように遺言したのだろう。それは母も私も同じで、死ねば跡形もなく世間は忘れてしまう。それは悪いことではなく、それなら世間に気遣うことなく自由に生きられる。
母が弱ってから、よく子供の頃を思い出す。母が逝けば家族の歴史の大きな部分が失われる。少しでもそれらを記憶に留めようと、思い出しているのだろう。去って行く者も、見送る者も共に哀しい。それでも生きて行くのは、生きていれば素晴らしいことに出会えるからだ。
--続く
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