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2010年5月12日 (水)

老いは死へ備える通過儀礼。10年5月12日

夕食後、母の様子を見に行くと死んだように寝ていた。先月までふっくらしていた頬は、げっそりと痩せてしまった。昨日来たヘルパーのOさんは、僅か10日足らずの間に弱った母に会い悄然としていた。病気を治す病院で弱らされてしまったことに怒りを覚える。病院は老人を入院させてはならない所のようだ。

それにしても、人生の終末に老いの苦しみを与えられるのは何故だろうか。最大の苦しみの死に備えて、苦しみを分散して体験する通過儀礼なのかもしれない。

「2,3日うちに死ぬからね。」
去年夏辺りからの母の口癖だ。毎朝、目覚めた母は身体が抜けるように気怠く、起き上がる気力が起きなかった。
「死にはしない。さっさと起き上がって顔を洗いな。」
叱り飛ばすと、「そうね。起きようね。」と母は気を取り直してソロソロと起き上がっていた。人の生死の境目は、ささやかな日常生活の中にあるようだ。もし、母が一人暮らしだったら、そのまま弱って死んでしまうのだろう。

母には私がいるが、私には支え励ましてくれる者はいない。母が逝って更に老いた時、身体が重く床にめり込むような疲労から誰が奮い立たせてくれるのだろうか。多分、何度かは枕元の命の電話へ手を伸ばすだろうが、その内、その気力も失せて最期を迎えるのだろう。

昨夜は30分〜1時間おきに母に起こされた。原因はオムツに小用ができないためで、トイレに立たせてくれと母は起こし続けた。以前なら一睡もできないのに、人はどのような状態にも慣れてしまう。私は犬やネコのように小刻みに睡眠を取ってそれをしのいだ。

今朝、起こされたことを話したが母の記憶になかった。
午前中に、区役所へ出かける。その留守中、オムツに慣れるように母に頼んだ。正常な反応をしている母に、そのような無理を頼むのは辛い。しかし母は、「いいよ。がんばってみる。」と笑顔で見送ってくれた。

外へ出ると雨が落ちて来た。埼京線で赤羽へ出て、京浜東北線に乗り換え王子駅で下車した。音無親水公園の新緑が美しかった。アーチ型の瀟洒な音無橋脇の階段を登り北区区役所へ行った。先日の手術と入院費が限度額適用認定書の対象なっているので、その申請をした。認定書はすぐに発行された。明日、認定書を東京北社会保険病院に提出すれば保証金との差額がもどってくる。

Tikurin_2Asuka1上写真。
北区区役所本庁の玄関前の竹林。成長した筍が懐かしくて撮った。

下写真。
北区区役所前から飛鳥山を見る。
山裾には都内雄一の都電荒川線が走っている。
山はツツジとミズキが満開。
ツツジの間を小さなケーブルカーが上って行くのが見えた。

今回の入院では生命保険から入院費が僅かながら出る。3月のころ、掛け金を少し上乗せすれば手術代保証の特約条項を加えられる、とのDMが届いていた。上乗せは僅かな額で、いずれ特約も入れようと思っていた矢先に、手術を受けるとは夢にも思わなかった。もし、特約を入れていたら、手術費の20万ほどの保険金が入った。悔しいが、現実とはそんなものだ。

帰路、赤羽駅に着く頃に雨は止み、青空が広がった。今回の入院騒ぎで、新しいパンツの予備が2枚しかなくて慌てた。それで、駅前のユニクロでブルーのボクサー型パンツを6枚買った。

それから、東京北社会保険病院の庭を抜けて帰った。いつも母の車椅子を押しているコースだが、一人で歩くと寂しい風景に見えた。母と一緒だと知らない人が声をかけてくれる。しかし、一人だと誰も声をかけてくれない。これから訪れる母の死は、ペットロスに似ているかもしれない。

1時に帰宅した。母はすぐにおしっこをさせてくれと頼んだ。やっぱり、おしめにできなかったようだ。ベットから抱え上げて立たせ、ポータブルトイレを使わせると、大きい方が出て安堵した。母の便通は4日間止まっていたので、午後に往診を頼んであった。老人介護で便秘はとても厄介な問題だ。

区役所への出かけに、先日、絵を買っていただいたNさんから母へ、カナダのハーブティーの濃縮液が届いた。カナダインディアンが伝承的に使っていたハーブで、早速水で薄めて母に飲ませて出かけた。母の便通はカナダの大地のエネルギーの効果だったのかもしれない。

午後4時過ぎ、生協浮間診療所から女医さんと研修の若い青年医師と看護婦さんが来た。女医さんは若くて可愛い。看護婦さんは更に可愛い。この診療所の看護婦さんたちは、昭和30年代の青春映画に出て来そうな健気さがある。
女医さんに色々母のことを話している内に、とても気が楽になった。老人に必要なのは、高度な医療ではなく、そのような優しさだ。

先程、母にトイレを使わせに行くと、おしめにできたと嬉しそうだった。これで、今夜は安眠できるかもしれない。

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