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2010年5月16日 (日)

死を身近に感じると、夜の闇が怖くなる。10年5月16日

昨日、室内用車椅子が届いた。全体の横幅は小さいのに座席幅は外出用と同じだ。腕おきも足置きも取り外しができ、狭い部屋でも自在に動ける。おかげで、通路は今のまま片付けなくて済んだ。

早速、玄関まで母を連れ出し、外出用に乗り換えさせて散歩へ連れ出した。赤羽駅前まで約3キロ、母は何とか耐えてくれた。イトーヨーカ堂の車椅子用トイレを使い、地下で買い物をして帰った。

Haha2赤羽駅前の母。
腹筋と背筋が弱り、車椅子の振動で身体がずれ、そっくりかえったようになってしまう。

それでも、外へ連れ出すと表情が締まってくる。

久しぶりの遠出に疲れたようで、帰宅するとすぐにベツトで死んだように寝ていた。
今と4月末までの母を比べると体力の落差が大き過ぎる。
考えまいと思っても、私の手術のために病院に預けたことを後悔してしまう。

預けた理由は、私の腹腔鏡での胆嚢除去手術は簡単で、4,5日で退院と聞いていたからだ。しかし、抗生剤の副作用が起き、別の薬剤に変えたりしたために入院は8日に及んだ。

母の体力が著しく弱ったのは6日目だ。もし、予定通り5日で退院していたら、母は元気でいた。
しかし、今更考えても遅い。総ては運命として受け入れる他ない。

私の病名は胆石に寄る急性胆嚢炎。胆石は5ミリほどの小さなのが2個だけ。それでも胆嚢炎を起こしたのは、半年前からの過労とストレスのせいだろう。

手術前、上腹部の鈍痛を覚えるまで、痛み等の前兆は皆無だった。今振り返って気づくのは便通の異常だ。健康な頃は朝食後、数分ですっきりと出ていた。それが、今年始めあたりから、朝はなく、夕食後に軟便が出ていた。疲労感も強く、いくら午睡を取っても気怠さが抜けなかった。

胆嚢の持続的な炎症が影響して疲労感が抜けず、腸の調子が低下していたのかもしれない。それと気づいたのは、手術後、気怠さが抜け、健康な頃のように快便が戻って来たからだ。

胆嚢炎があると胆石が出来やすいようだ。
知人は4年前、胆嚢炎を起こして精密検査したが胆石は見つからず、抗生剤の点滴で治した。それから、1年に1回、胆嚢炎を起こし続け、去年、私と同じ東京北社会保険病院でCTで精密検査すると、立派な胆石が成長していた。胆嚢はすぐに腹腔鏡手術で除去した。
慎重な私が、早めに胆嚢を取ったのは、その経緯を知っていたからだ。

母も胆石手術をしている。
1980年代後半、ゴルフボールより一回り大きい胆石で腫れ上がった胆嚢は肋骨の下に食い込み、4時間を越す手術になった。推測だが、その手術で血液製剤が使われC型肝炎に感染させられたようだ。手術前に何も言われなかったのに、半年後、術後ヘルニアの手術のおりに感染を告げられた。
「半年前は何も言われていないのに、感染しているとは、どう言うことですか。」
詰問すると医師は黙り込んだ。
その後、母は肝臓ガンに罹り、90歳の時、駒込病院でガン手術をした。その時、精密検査をするとC型肝炎はいつの間にか自然治癒して、ウイルスはまったく検出されなかった。

母は何度も、驚異的に回復して来た。しかし、今回は無理のようだ。「すぐに死ぬ。」の母の口癖も、今は真実みを帯びてい聞こえる。深夜、私を呼ぶのも、死の恐怖のせいかもしれない。最近、母は夜の闇を嫌がる。だから、隣室の明かりは点けたままで、カーテンは開けて外の明かりが見えるようにしている。

母の死が身近になってから、私自身も忍び寄る死を感じる。この漠然とした恐怖と孤独感は息苦しい。私を支える家族がいれば和らぐだろうが、独り身で死と対峙するのは辛い。その解決方法は、自分の死を忘れることに尽きる。死は考えようと考えまいと必ずやって来る。そして、死に至る苦しさは、あっという間に終わってしまう。

真言密教の究極の修行に、生きたまま土中の石室に埋められ、死んだあとミイラ化する入定がある。石室は外部と竹筒で繋がれ窒息はしない。地上では信者たちが読経を続け、入定する僧は死ぬまで鐘を鳴らし続ける。信者たちは鐘の音が途絶えたことで入定が完了したと察する。数年後、ミイラ化した僧の遺体は掘り出してお堂に祭られ、即身仏として深く崇められる。

即身仏について、手指の爪が揃っているのは少ないと昔聞いた。死に至る過程で、多くの修行僧が恐怖や苦痛のため、石室の壁を爪がはがれるほどかきむしるからだ。

昨夜、母に起こされた後、入定する僧たちと比べたら自分の死は楽だと、眠れないまま慰めにならないことを考えていた。

Ryoku緑道公園の新緑。
目覚めて、5月の陽光の下、散歩をしていると死の恐怖など雲散霧消してしまう。

生きていることに心から感謝することが、死を受け入れる最良の方法なのかもしれない。

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