神は、乗り越えられない試練は与えない。10年7月21日
床屋さんは敬虔なクリスチャンである。今日、頭を刈ってもらいに行くと、聖書の言葉「神は、乗り越えられない試練は与えない。」を教えてくれた。最近で一番心に響いた言葉だ。確かに、どんなに辛いことでも、最後に救いが用意してある。
昨日は旧知のKさんが弔問に来た。彼とは、昔出入りをしていた本郷の版元パロル舍で"薩摩白波"を飲んだ仲だ。昔のパロル舍は居酒屋みたいな出版社で、いつも得体の知れない人物が片隅で焼酎を飲んでいた。彼らの酒の相手をしていたのは、先日退社した編集の川畑氏だった。
Kさんは早稲田にスタジオを持つ、売れっ子のカメラマンだ。彼は苦労人で、結婚と同時に郷里の母親を引き取り、30年以上面倒を見ている。その辺りが私に似ている。
当初は、私が締め切り前なので、1時間程で切り上げるつもりでKさんは来訪した。しかし、酌み交わした冷酒が美味く、結局、母の仏前で3時間ほど付き合ってしまった。
久しぶりに人のために酒の肴を料理した。と言っても、チリメンジャコと青ネギ入りの卵焼きと冷や奴だけだ。冷や酒は、川口の溶接屋の社長が送ってくれた大吟醸だった。
彼の母親は元気で、介護が必要な段階ではない。
「煩わしい母親だけど、亡くしたら辛いだろうか。」
Kさんが聞いた。
「母親は特別だ。どんなに煩わしくても、必ず喪失感に囚われる。」
母も煩わしく手間のかかる年寄りだったが、亡くしてみるととても辛かったと話した。Kさんは、「やっぱりそうか。」と何度もうなづいていた。
Kさんは8時過ぎに帰った。
「この住まいを見に来た日は素晴らしい夕空で、母の最期にふさわしい住まいだと思った。」
玄関前で夜景を見ながら、そんなことを彼に話した。
夜になってもどんよりと昼間の暑さが残っていた。もし、母が生きていたら、クーラー無しでこの猛暑をしのぐのは無理だった。母は良い時期に逝ったと思った。
客を送り出した後の孤独感は相変わらずだ。仏壇に灯明をあげると、いつものように哀しみがこみ上げた。別離の哀しみは、私だけでなく万人総てが味わう苦しみだ。仏教用語の一つに「愛別離苦」とある。どのように愛した相手でも、必ず別れの苦しみがやってくる。しかし、手間ばかりかかる老親を失って悲歎にくれるのは何故だろうか。母は私を介護に振り回し疲労困憊させていたのに、死んでしまうと哀しみばかり残った。
先週末、姉が訪ねて来た。母の終末期、介護が忙しくなると思って、母が好きな煮魚などを大量に作って冷凍しておいた。
今、それを見ると母を思い出し、辛くて食べる気になれない。それで冷凍庫の食品を全部持って帰るように姉に頼んであった。姉はやってくると、手早く冷凍庫を空にして、10分足らずでそそくさと帰って行った。
「夜、眠れているの。」「ちゃんと、食べているの。」「一人暮らしに、少しは慣れたの。」
そのような、しみじみとした気遣いはなかった。
「あの子は、冷たいところがあるから、来てくれても嬉しくない。」
先月、母を散歩させていると、そんなことを話していた。
姉は15年前に一人息子を交通事故で失っている。私たちにそれを嘆くことはなかったが、今も心の一部が凍ったままなのかもしれない。それは母も同じで、40年前に繁兄を、一昨年、長姉をと二人の実子を亡くしている。
母が死ぬ三日前の深夜、様子を見に行った時のことだ。
「あら、繁、元気だったの。」
母は私を見上げて、とても嬉しそうにした。私は黙って母の頭を撫でた。
テレビ画面に長姉の幻覚を見て、嬉しそうに眺めていたこともあった。
生前、母は何も言わなかったが、本当は死んだ繁兄や長姉に会いたいと思っていたようだ。
その心情は姉も同じかもしれない。
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母が死んでから、桐ヶ丘生協へ行かなくなった。行けば必ず母の知り合いに出会い、「お母さんは。」と聞かれるからだ。それでも必要なものがあり、昨日は客の少ない暑い午後を選んで買い物へ行った。
途中、緑道公園を通ると母が好きだった百日紅が満開だった。
上写真。昨日の百日紅。
下写真。2007年、百日紅と嬉しそうな母。
一昨年、公園課の雇った業者が、その百日紅を無惨なほどに丸裸にしてしまった。
2年過ぎて、ようやく花をつけ始めたが、往年の華麗な姿にはほど遠い。
"母逝きて石の広場に百日紅"
夕食にリンゴを食べた。
母の生前、健康維持にリンゴをおろし、絞りジュースを飲ませていた。
今は丸ごと齧って手間要らずだ。
しかし、なぜか寂しい。
"夕暮れの流しにリンゴ一つ置く"
母の写真は100枚前後をフォルダーにまとめて保管してある。
フォルダーはNo.35で終わった。
それがパソコン上の母の死だ。
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