母が死んで以来、夕暮れが一番寂しい。10年7月6日
グリーフケアの統計に、子供に先立たれてから親が立ち直るのに平均5年、伴侶に先立たれてからは3年、親に先立たれてからは2年を要するとある。私の場合は同じ親でも父と母ではかなり違う。
父は無理な事業を起こしては借金の山を作る厄介な人だった。私は幾度も、父の代わりに闇金の取り立てにあって死ぬ思いをした。父は最後の失敗がショックで寝たっきりになって死んだ。父の死は寂しかったが、同時に借金取りからの開放感もあった。
母は優しく大らかで、どんな苦境でもユーモアと笑顔を絶やさなかった。そして、私の絵の最大の理解者でもあった。
それは父も同じで、私が幼稚園生の頃、父は油絵を描かせてくれた。教えてくれたと書かないのは、私は、ああ描け、こう描けと指図されるのが大嫌いだったからだ。父は道具を与えて、基本的な溶き油やパレットの使い方だけを教えた。それから、お皿の生鯖と花瓶のカーネーションを私が夢中で描いているのを黙って見ていた。
美的センスは父が繊細だったのに対し、母は自由奔放だった。私は、描いた絵は真っ先に母に見せた。母は出来が良いととても嬉しそうに褒め、失敗しても良いところを見つけて褒めてくれた。そんな私たちを父は黙って見ていた。
今、絵の締め切りが近づいている。イメージは母が死ぬ前に固めていたので、描き始めるだけだ。しかし、出来上がった絵を見せて、喜んでくれる母がいないのがとても寂しく、描く喜びがない。
母が死ぬ三日前、元気づけようと昔の絵を枕元に持って行くと、上半身を起こして嬉しそうに指先で絵を撫でていた。心不全のために肺が浮腫み声は出せなかったが、母は精一杯の笑顔を見せた。母の笑顔はそれが最後になった。
母を看取った夕暮れになると寂しさが募る。息引き取った6時30分は真っ暗だったと思っていたが、本当は写真のように、まだ明るかった。今日も母が息を引き取った6時30分に、悲しみが押さえようなく噴出した。これはいつまで続くのだろうか。
以前散歩道で、交通事故後遺症の息子を車椅子に乗せて押す母親とよく出会った。息子は30代。頭を半周する大きな手術痕があり、半身不随だった。母親は息子が事故を起こした3時半になると、今でも身体が震えると話していた。
グリーフケアの統計では2年だが、私は死ぬまで母の死を引きずりそうだ。
赤羽自然観察公園へ母を連れて行っている頃、
「お母さんには長生きしてもらいな。母親に死なれると、この歳になっても辛いぞ」
80歳近い老人たちに、そんなことを言われた。その言葉が今、身に染みて分かる。
悲しみは押さえ込まず、思いっきり嘆くことにしている。そうやって、一刻も早く解決しないと、前に進めない。もう若くはないし残された年月は短い。
食品の買い物へは毎日出かけている。買いだめはできるが、出かけることが心のケアになる。母が死んだ7月1日も、買い物へ出かけて、母の好物の甘エビを買った。水すら飲みこめない母に甘エビを買う意味はなかったが、かすかに希望を持っていたのだろう。
意識が途切れがちな母の傍らで、まるまると太っ新潟産の甘エビをわさび醤油で食べた。いつもは介助に追われ立ったまま食べるのが多くなっていたので、母の傍らに腰かけての食事は久しぶりだった。
「とても、美味しいよ。」
母に話しかけると、「良かったね。」と答えるように微かにうなづいた。
それからまもなく母は急変し、我が家で私一人に看取られて逝ってしまった。
今日も買い物へ出た。
母と一緒の頃も、赤羽駅高架下アルカード赤羽のペットショップには必ず寄った。
母はここで、子犬や子ネコを眺めるのを楽しみにしていた。
今日は、子ネコたちはみんなお休み中だった。
この可愛い寝顔を見たら、母は喜んだだろう。
母はネコの鳴きまねが得意で、散歩道でネコに出会うと、とても可愛い声で「ニャ、ニャ」と声をかけた。
最後に散歩に連れ出した6月20日にも、緑道公園でネコに会って「ニャ、ニャ」と声をかけていた。
今もその声が耳に残っていて、同じ場所を通ると母を思い出してしまう。
昨日は、母が親しくしていた病院勤めのSさんが弔問に来た。
彼女は、死んだ日も来てくれた。
Sさんは、母が好きだった和三盆の茶菓子を持って来た。
茶菓子の箱は綺麗なので、貰う都度、捨てずに母の遺髪入れに使っていた。
と言っても、母はなかなか死なないので、いつの間にか5箱が遺髪で満杯になった。
遺髪は母の希望で、愛用していた備前の湯のみに入れた。
絞りの袋は母が元気な頃に自分で縫っておいたものだ。
昨日、茶棚に湯のみをしまおうとして見つけた。
2年後、遺骨が戻って来たら、母の希望通りこの湯のみに分骨して仏壇に祭る。
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