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2010年8月18日 (水)

母の四十九日に、安堵感と一抹の寂しさを覚えた。10年8月18日

Panpas猛暑は続いているが、季節は確実に秋に近づいている。
東京北社会保険病院の庭を抜けるとパンパスススキが穂を出していた。
このキツネの尻尾みたいなフワフワした穂を、母は大好きだった。

去年の今頃、写真のベンチで母とパンパスを眺めながらお茶を飲んだ。そのことを昨日のように思い出す。

今日は母の四十九日。在家僧侶の出版社社長のOさんに母の法要をボランティアでお願いした。私と二人だけの法要は、午前11時から始まった。仏前で、朗々とした見事な読経を聞いていると、生前の母を思い出し万感迫って涙がこぼれた。

死者は死後七日ごとに閻魔大王によって裁かれる。最後の四十九日目は殊に重要で、極楽浄土に行けるかどうか判定が下される日だ。Oさんの心のこもった法要のおかげで、我が家に留まっていた母の魂が極楽真浄土へ旅立ったように感じた。その安堵感とともに、一抹の寂しさを覚えた。

その後、二人で赤羽駅前に出て、ウナギの"まるます家"で生ビールを飲んだ。特上ウナギが1500円。二人で食べて飲んで3800円と格安だった。カウンター席は、昼間から飲んでいる老人たちで一杯だった。母の介護を始める前は、買い物ついでに寄っては一杯飲んでいた。だから、8年ぶりで懐かしかった。
赤羽駅でOさんと別れ、イトーヨーカ堂で地鶏の胸肉と供物用のナシを買った。

夕暮れに遠く雷鳴が聞こえた。明日は小雨が降り、涼しくなるとの予報。母の最期の頃、誠実に世話をしていただいたヘルパーの二人を、明日食事に招待する。35度以上の猛暑が続いていたので、涼しいのは助かる。

You3

相変わらず、夕暮れに流す「夕焼け小焼け」を聞くと辛い。最近、日が短くなって薄暗いので、更に寂しさが募る。

まるます家で飲みながら、在宅で母を看取ったことについてOさんに話した。私は祖母、父と在宅で看取ったので、母も平常心で看取れると思っていた。しかし、大きな誤りだった。祖母、父の時、傍らに母がいたからではない。たった一人の家族である母を看取ったからでもない。

長年、母を介護し続けた結果、母が食欲不振の時は私も食欲不振になった。母の腹が張る時は、私も腹に違和感を感じた。私は母の苦痛を疑似体験するクセが付いていた。だから、終末期の苦しみから、呼吸が止まって死んで行く母の傍らで、私も死を疑似体験してしまった。
もちろん、私が感じた死と、母が感じた死は大きく違う。意識のない母は苦しんでいるように見えても体が反応しているだけで、苦しみはなかった。その確信を持って看取るべきだったのに、不用意に母を看取ったために苦しみを残してしまった。更に母を亡くした寂しさが、それを倍加させてしまった。

週刊朝日で「人が死ぬ前に本当に後悔すること」を特集していたので帰りに買った。私の救いになることが書かれているのではと期待したが、特筆すべきことはなかった。記事のように、思い残すことなく生きたとしても、最期の孤独や苦しさから開放される訳ではない。終末期は巨大な津波のように押し寄せ、後悔とか満足感を超越して死に逝く人を翻弄する。

しかし、大波に木の葉のように身を任せていれば、すぐに静かで安らかな世界に到達できる。もし、母の死の本当の姿を理解したなら、先述のトラウマは消える。更に、母の魂が死後の世界へ安らかに旅立ったと、ひたすら信じれば、苦しみは消え去るはずだ。


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