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2010年9月25日 (土)

尖閣問題で中国との話し合いは不可能。中国とはパワーゲームしかない。10年9月25日

菅政権は尖閣問題で中国人犯罪者を無条件で釈放し中国へ屈服した。このシナリオが読めなかった日本政府の未熟さに腹が立つ。
菅政権はアメリカに期待していたようだが土台無理な考えだ。それはニクソンが日本の頭越しに中国に接近した歴史を見れば一目瞭然だ。

今回、アメリカは中国の覇権主義に反感を持つASEANと日本をコマにして、中国に圧力をかけようとしている。しかし、中国当局は織り込み済みだ。おそらく、適当な所で米中は手を結び、ASEANと日本のコマのハシゴを外すだろう。

中国は強欲な国家だ。菅政権は話し合いをするつもりだが無駄な努力だ。中国は自国の利益にならないことは絶対しない。もし話し合いが上手く行ったとしたら、それは中国が大きな利益を得られたからだ。中国は全体主義国家で中国人民の良識など絶対に反映しない。中国との交渉はパワーゲームしかない。そのためにも、経済制裁に耐えに耐えて力を蓄える他ない。

日本人は世界人口の5人に1人は中国人に幻惑され過ぎる。むしろ、5人のうち4人は中国人ではない、と捉えるべきだ。他の4人との経済関係を強化して、中国の比重はできるかぎり小さくすべきだ。例えばアジアだけでも中国系以外の人口は25億と、中国の13億をはるかに凌駕している。
日本企業は大挙して中国に渡り、合弁会社を作っているが、その結果、先端技術の多くが中国に移転している。このままでは日本は衰退する一方だろう。
しかし、盛者必衰、中国の隆盛は永遠ではない。一人っ子政策の弊害が早ければ5年後。遅くとも10年後には現実になる。不動産もバブル状態だ。中国の富裕層が資産の海外移転と子女の留学に熱心なのは、将来への不安が根強くあるからだ。

日本は反撃する力を十分に残している。円高デフレを逆手に取って、円をだぶつかせてインフレ誘導をする一方、強い円で海外の資産資源を買いまくる絶好の好機だ。
レアアースの禁輸は恐れることはない。中国に一極集中しているのは、チベットの鉱山が露天掘りで極めて低コストで、アメリカ、オーストラリアの鉱山がコスト競争で敗退しただけのことだ。今、円高を利用して投資しすると情報を流し、それでも中国が政策を変えなければ実行すればいい。加えて、レアアース不要の技術開発もリサイクル技術も進んでいる。

国内では、慎重過ぎて何もしない白川総裁を臨機応変な人物と入れ替え、50兆ほどの国債を日銀に引き取らせて国庫を潤沢にし、停滞している科学技術、巨大空港と港、インフラ、社会福祉に大胆に投入し法人税を大減税すべきだ。日銀が日銀券で引き取った国債は実質赤字国債ではない。インフレ状態なのに増札して悪化させた昔と、今のデフレ日本とではまったく事情が違う。

中国輸出は全輸出の18%。それが半減しても、活発化した国内消費で十分に穴埋めできる。
民間会社における福利厚生費の負担は極めて大きく、それが経営を圧迫している。福利厚生を国家に引き受けさせ法人税減税を行えば、日本のメーカーは飛躍的に国際競争力を持つことができる。

今まで民主政権を我慢して見守るべきと思っていた。しかし、今回の尖閣問題や改善されない円高とデフレと不況継続で、素人政治家の集まりだと思うようになった。
しかし、替わって欲しいのは自民党ではない。彼らは日本を脆弱な国家にしてしまった張本人なのに、まったく反省していない。日本中に役に立たない空港と港と巨大施設を無数に作り、今、地方は過大な負担に苦しめられている。もし、あの巨大な建設費を一つの空港や港に集中投資していたら、極東でみじめな敗北をすることはなかった。高速道路もダムも同じだ。国家を大局的に見ることができず、地方の利益誘導で保身を図る自民党型政治家は、これからの日本には不要だ。
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Yamabo素晴らしい好天で、一足飛びに秋になった。

散歩道ではヤマボウシが熟していた。
もいで食べてみると、いつもより甘く香りも高かった。

赤羽自然観察公園へ足を伸ばした。
好天にも関わらず人出は少なかった。

今日も旧知の係員に出会った。
「お母さんに会うと、にこやかに挨拶してもらいました。あの笑顔が今も忘れられません。」
丁重に母の弔意を言われ、胸に熱いものがこみ上げてきた。

涼しくなれば、母の記憶が遠のくと思っていたが、一向に消えない。季節が変わる都度、記憶が蘇るようだ。

午前中は姉が来て、母が作った人形の衣替えをして帰った。
来月は上の姉の法事。家族にとって逝く者はなかなか遠くならない。

散歩から帰ると、玄関の壁をハエ取りクモがパトロールしていた。
「元気で長生きしな。」と声をかけた。クモでも家に生き物がいると嬉しい。

夕暮れ、郵便受けを覗きに外へ出た。秋らしい澄み切った夕日が素晴らしいので撮った。
博多の兄から葉書が届いていた。兄嫁に形見分けを送って欲しいとある。母のマフラーが沢山残っているので、送ることにした。

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