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2010年10月10日 (日)

人生に光陰は必然、光の中では眩しいくらい輝きたい。10年10月10日

冷たい雨の日は良く眠れる。先月までは2時間毎に目覚めていたが、今は4時間毎に変わった。雨の日は更に十分に二度寝ができるので、計8時間は眠った。少しずつ、睡眠は平常に戻りつつある。

Sasa今日は生前母が世話になった方たちを根岸の豆腐料理店"笹の雪"に招待した。
店のいわれは--笹乃雪初代玉屋忠兵衛が絹ごし豆富を発明。元禄四年(約三百十五年前)上野の宮様(百十一代後西天皇の親王)のお供をして京より江戸に移り、江戸で初めて絹ごし豆富を作り根岸に豆富茶屋を開いたのが当店の始まり--とある。
正岡子規が笹の雪の豆腐料理を好んだことでも有名だ。

ゆかりの人たちと会っていると、母が死んだ頃のことを思い出した。
殊に、Kさんの飼い犬の小次郎君はとても強い印象が残っている。
死ぬ5日前の6月26日、彼が見舞いに来てくれると母は大喜びで、ベットから大きな声で彼を呼んでいた。終末期の母は人よりワンコの見舞いを喜んでいた。あれほど喜んでくれると分かっていたら、最後の頃、もっとKさんを訪ねて会わせてあげたのにと後悔している。

死の10日前、最後の散歩をさせた時、緑道公園のニャンコたちを「ニャオ、ニャオ、」と、母がとても上手に呼んでいたのが強く心に残っている。人は死期が近づくと、無垢な心のペットたちに会いたくなるのかもしれない。

Cosm

新河岸川河畔に群生しているキバナコスモスが満開になった。夕暮れの薄暗がりで鮮やかに輝くオレンジの花は殊に心を打つ。

先日、手摺に持たれてコスモスに見とれていると、足に何かが飛びついて来た。見ると可愛いコーギーだ。古いGパンをはいていたので、他のワンコの匂いが残っていたようだ。
「ダメですよ。」
飼い主がリードを引いたが、尻尾を振りながら嬉しそうに見上げている。母の車椅子散歩をている頃はよくワンコに飛びつかれていたが、死別後では初めてだった。首の辺りをムグムグしてあげるととても喜んでいた。
「人懐こい子なもので、すみません。」
若い女性の飼い主はズボンを汚したことをしきりに謝った。
コーギーも若い女の子だったので、匂いが付いたズボンにこれからは男の子が寄って来そうだ。

先日は知人の個展へ恵比寿へ出かけた。作家と話し込んでいると、懐かしい顔ぶれが他にも現われ楽しかった。
その後、知人が任されている六本木の現代アートのギャラリーへ回った。
若い作家だが、作品は力強い不思議なリアル感があった。海外では評価が高い作家だが国内では評価が低く、格安なのに小品が1点しか売れていない。それで無理して小品を1点買った。直感でかならず評価が上がるとの確信があっての先物買いだ。

介護生活の中でやりたかったことを次々と実行している。ディズニーランド行きもその一つだ。新しいことを重ねる都度、母の死が過去になって、ほんの少しずつ哀しみが良い思い出に変化して行く。

最近、「光陰矢の如し」の深い意味に気づいた。光陰は時間の事だが、言葉通りに光と陰影を表している。人生に陰影は必然で避けては通れないが、光り輝く時も必ずあるとの意味だ。だから、光明の中では眩しいくらい輝いて生きたいと思っている。

先日のディズニーランドでは最初に「カリブの海賊」に入った。
作り物の海賊たちは、殺人、強奪、拷問、と海賊たちは悪道の限りを楽しそうにやっていた。この明るい破天荒さは何処から来ているのだろうか。記録では当時の海賊の平均寿命は35歳ほどだ。彼らが一発財宝を得て、短い余生を農園経営で過ごそうとしていたとは思えない。アトラクションの陽気な彼らを見ていると、毎回、生き甲斐とは何かと考え込んでしまう。

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