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2010年10月15日 (金)

椎の実を拾いて起てば風の音 10年10月15日

毎日、東京北社会保険病院の庭で椎の実を拾っている。この数日は短時間で両手一杯になるほど実が落ちていた。椎の実は煎ると香ばしくてほの甘く、止められない美味さがある。歯が弱っていた母も、数粒なら喜んで食べていた。

椎の実を拾い終えて腰を伸ばすと、梢を渡る風の音が聞こえた。ふいに傍らに母がいるような気がした。

 "椎の実を拾いて起てば風の音"

今、ロラン・バルトの「喪の日記」石川美子訳みすず書房、を読んでいる。ロラン・バルト(1915年11月12日 - 1980年3月26日)はフランスの著名な文学評論家。父を幼くして亡くし、63歳の頃に共に暮らした母親を亡くしてから2年後、死別から癒されぬまま、今の私と同じ65歳に交通事故死した。

母親を亡くした後、哀しみの中で作品のための多数のメモ書きを残した。本はそのメモ書きを余さず忠実に記載したものだ。メモ書きのため、記号的に言葉が並ぶ難解な文体だが、彼の喪失感が痛いように伝わって来る。もっともメモ書き中で、彼は喪失の言葉すら否定している。彼は他者からのあらゆる哀悼や共感を、自分の絶対的な哀しみには及ばないと思っていたようだ。

彼の哀しみと否定は断片的に共感できる。
私と彼の大きな違いは、エリートの彼は生活の不安がなかったことだ。対して私はハングリーに死にものぐるいで生き抜く他なかった。それが、母の死からの立ち直りの差を生んでいるかもしれない。

Akaba

赤羽台団地の半数は壊され建て替わっている。
残された古い建物は深い樹木に囲まれ実に美しい。旧団地は建設された1962年から48年を経てようやく落ち着いた雰囲気がでて来た。しかし今、それらは味気ない薄っぺらな真四角の高層住宅に建て替わって行く。写真の光景も数年後には確実に消えるだろう。

注文絵のための鹿の写真を撮るために上野動物園へ出かけた。
一般入園料は600円だが私はシニアのため300円。着いたのは閉園1時間前の4時だった。真っすぐに鹿のコーナーへ行くと、角が貧弱に歪んだ老いたエゾシカが一頭いるだけだった。腰はやせ細り、背中には傷があった。哀れさで胸が一杯になり、数枚写真を撮ってからその場を離れた。

来園者は疎らだった。通路は凸凹で、鉄柵のペンキは剥げて錆び、時折、味気ない園内放送が侘しく聞こえた。

Karasu_2忍ばす池脇の西園へ向かった。本園と繋ぐモノレールは40数年前、完成してすぐに乗った記憶がある。当時は並んで乗るほど人気があったが、今は殆ど無人のまま運行していた。

橋を渡って行くと、欄干脇に若いカラスがいた。毛並みは艶やかで、くちばしは精巧な細工物のように綺麗だった。「可愛いね。」と声をかけると、人懐っこく目をクルクルさせた。どうやら、来園者に餌を貰っているようだ。

西園から弁天門を抜けた。不忍池隣の上野の森上にスカイツリーが見えた。上野動物園は先日行ったディズニーランドとは対極にある侘しい遊園地だった。もう二度と行くことはないだろう。

たった一つの収穫はマヌルネコだ。マヌルはモンゴル語で「小さな山猫」と言う意味。 耳が小さく、スコティッシュフォールドに似ている。毛足は長く体はずんぐりしていて、縫いぐるみみたいに可愛い。ただし、清浄な地域に生息しているため病気にかかりやすく飼うのは難しそうだ。飼い猫と同じくらいの大きさだが、瞳が収縮した時、丸いままなのが違う。

Sinoba_2

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