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2010年10月25日 (月)

王子近辺、名主の滝から王子稲荷を散策。10年10月24日

23日は秋雨の合間の好天だった。
母の遺品整理をして、ゴミ袋3個分のタオルと衣類を捨てた。母のタオルケットは洗って使うことにした。母が愛用していたダウンジャケットは捨てるには忍びず、お昼前にやって来た姉に無理に持って帰ってもらった。

姉は時々来て、5分ほどで帰る。性格は父親似で、せっかちで細かい事にうるさい。性格は優しいが、母のような大らかさはない。失ってみると、つくづく母親とは他に変えられないものと思い知らされる。

帰り際、母の遺骨のことや、私の死後の始末はどうするのか、と、姉はうるさく言った。
「そんな先のことを考える必要はない。お互い、自分のことだけ考えれば良い。」
言い返しながら、母との性格の違いを見せつけられ、一層寂しくなった。

姉が帰った後、私も外出した。目的はなく、銀座ブラでもして、知り合いの画廊を覗いてみようと思っただけだ。

Kaki_2KamakiSuzuNeko_2途中、張り紙がしてあった。
この柿は地面近くまで甘柿がたわわに実る。
毎年、車椅子の母は手を伸ばして一個だけ失敬していた。
今更ながら、現場を持ち主に見つからなくて良かったと思った。

御諏訪神社脇の坂道にメスカマキリがいた。
踏んづけられそうなので、道の脇へどかそうとすると鎌を構えて抵抗した。
「ほらほら、どきなよ。」
声をかけていると通りすがり若い主婦が怪訝そうに見た。
「踏み潰されると可哀想なので。」
と説明すると、笑顔でうなずきながら過ぎて行った。

赤羽台団地の公園にスズメの砂浴びの跡があった。
以前、この辺りではスズメが群れをなしていて、砂浴びの可愛い穴があちこちに見られた。今は時折数羽見かけるだけで、穴は滅多に見られない。

赤羽駅から京浜東北線に乗るとすぐに小用をもよおした。
急遽王子で下車して、銀座から名主の滝公園へ行き先を変えた。

王子駅近くの商店街のパーマ屋前で、「秋だニャー。」と枯れ葉を眺めているネコがいた。
どうやら、店の飼い猫のようだ。
声をかけると、目を細めて私を見た。おっとりと太った可愛いネコだ。

通りは初午の頃は出店で賑わうが、今日はひっそりとしていた。
王子稲荷を過ぎると名主の滝公園はすぐだ。樹木は鬱蒼とし自然湧水が豊かで、園内に四つの滝がある。その清流は、夏は子供たちの格好の水浴び場になっている。
隣町の十条に住んでいた40年前、夏休みになると近所の子供たちは自転車で水浴びに行っていた。
写真は2番目に大きい滝で、もっと大きい滝もある。

Nanusi

樹木の写真を撮ってから王子稲荷へ引き返した。
母が死ぬ5ヶ月前の2月2日の初午に連れて来てお詣りしている。その時はとても元気で、帰り道に中央工学校のロボット模型の傍らで記念写真を撮った。時間が過ぎるのは本当に早い。

Kitune_2崖上のキツネ穴まで、一通りお詣りした。帰りにおみくじを引いた。8月に浅草の観音様で3連続凶を引いたことが頭にあり不安だったが、「吉」で大いに安堵した。

境内のキツネの古い石像はどれもユーモラスで可愛いかった。江戸末期に訪れた西欧人たちは日本人のユーモアのセンスの豊かさに、とても驚いたようだ。

帰り道にある中央工学校で文化祭をしていた。
100年以上の歴史がある専門学校で田中角栄氏が若い頃に在籍し、一時期校長をしていた。王子一帯に23号館まで校舎がある大変規模の大きな専門学校だ。

覗いてみると一般客は少なく、何処でも歓待してくれて楽しかった。孤独に陥らないように、日一度は誰かと話すようにしている。今日は、たっぷりと話せノルマを果たせた。
その後池袋へ回り、プリントインクを買って7時過ぎに帰宅した。


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