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2010年11月22日 (月)

夕暮れの散歩が増えた。10年11月21日

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赤羽駅へ買い物へ行く途中、星美学園近所の駐車場を撮った。

昨日あたりから寝違いの痛みは軽減した。整骨師は重症にしては治りが早いと言っていたが、今まで、どんな不自然な姿勢で寝ても寝違いはおこしたことはない。それだけ老いは進んだようだ。

昨夜、久しぶりに死んだ母と姉の夢を見た。
「ああ、やっと着いた、着いた。」
母は陽気に姉と喋りながら玄関前通路を帰って来た。
母の明るいベージュのハーフコートは、深夜映画で見たアメリカの牧場女主人のコートそっくり似を御徒町で見つけて買った。セピア濃淡のインディアン模様を母は気に入っていたが、90歳を過ぎたころ、重くて息苦しいと下の姉にやってしまった。そのころから母の心機能は落ち、軽いゆったりした上着を好むようになった。

夢の中で、母の持ち物をぜんぶ整理してしまったことに慌てた。しかし母は、「正喜が使いやすいように使ったら良いの。」と笑っていた。

夢はそこで唐突に終わり、目覚めた。深夜2時近く、外は真っ暗だった。さして哀しくはないのに、熱い涙がとめどなく頬を流れ落ちていた。母の夢を見たのは、私の体調がすぐれないからかもしれない。死んだ者を懐かしく思い返せるには時間がかかりそうだ。

先日、知人が遅い弔問で訪ねて来た。
彼は親の事業を引き継いで、一時は大変羽振りが良かったが、最近は経営が危なく表情は暗かった。仏壇に線香を上げた後、彼は介護施設で死なせた両親のことを話し始めた。
「ほとんど父と母に会いに行かず放っておいて、酷いことをしてしまった。最近、そのことを思い出しては辛くなる。」
彼は8年前に相次いで死んだ両親のことを話しながら涙ぐんでいた。
「自分だって後悔ばかりしている。辛いけど諦める他ない・・」
そのようなことを話したが、なぐさめにならなかった。
親は大抵のことは許してくれる。だから子供たちは、ついつい親を粗末にし、後で後悔してしまう。

Aki5_2Aki6_2星美学園の壁下。学園のシスターたちが行列して赤羽駅方面へ帰って行く。

下写真、奥に見えるのは緑道公園の紅葉した木々。
急に寒さがやって来て、今年は紅葉が鮮やかだ。

シスターたちと同じ道を辿って駅前商店街へ出た。
八百八で買いものをしていると、ふいにKさんに声をかけられた。
「小次郎は、そこにいますので。」
彼女が指さした方向に、人に囲まれて大型犬の小次郎がいた。
すぐに近づいて彼を撫でたが、傍らの女性が手にしたドックフードの袋が気になり気はそぞろだ。しかし、彼のフサフサした毛に触れていると不思議に和んだ。

その後、スポーツ用具店で登山用の靴下を買った。
買い物に便利そうな25リットルのリッュックがあったが、迷った末買わなかった。

下写真、赤羽駅へ至る。左は新幹線の高架。

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昨日は、寝違いが軽くなったので、銀座の作品展へ行った。
作家は現実にはいない空想上のは虫類を紙で精緻に創る。作品展は薄暗いナフタリンの匂いのする標本室の雰囲気があった。

江本創展 「幻想の標本室」青木画廊
11月20日〜12月3日 11時〜19時 11月28日休廊
東京都中央区銀座3丁目5−16 第1島田ビル
03-3535-6858

「川畑さんは、どうされていますか。」
オープニングパーティーで、江本氏が話しかけて来た。私も彼がパロル舍の編集を辞めてから一度も会っていない。
「出版業界はいずれも経営は大変で、業界での再起は難しいのでは、」と話した。
7時頃まで飲んで、二次会へは参加せずに帰宅した。

最近、自分の病や母関連の後始末で仕事に集中できていない。
鼠径ヘルニアの手術跡も気にならなくなって来たので、明日あたりからスパートをかけようと思っている。

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