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2011年2月 3日 (木)

無宗教だが、先に逝った父母や兄姉の魂なら信じられる。11年2月3日

節分には数粒だけ形だけの豆まきををした。残った豆は酒で薄めたダシ醤油に漬けた。一晩経つと柔らかくなり、箸休めに重宝する。
その後、台所で豆ガラを燃して弾けさせ、甘い煙りが立ちこめたところで消した。それから、魔除けにメザシの頭をヒイラギに刺して飾った。古いヒイラギを飾った頃は母が元気だったと寂しくなった。喪失感はつらい。日本全体で常時200万の人が死別のつらさに苦しんでいる。日常生活で、そのような人は目にしないので、誰も気づいていないだけだ。

死別の喪失感と無縁でも、老いの寂しさに苦しんでいる老人は多い。それは家族の有無とは関係なく陥る。60歳以上の40%は糖尿病を発症し、男性の50%近くはガンに罹る。そして、100%の人は必ず死ぬ。病と死、その現実への恐れも老いの寂しさの一つだ。

私が在宅で母を看取って得たものは、死を間近に感じたことだ。
死の3日前から、母の意識が私から離れて行くのを感じた。その時、母は現世に決別したようだ。私はいつも母の近くにいたが、それは母にとって大きな意味をなくしていた。その時、家族に囲まれていても人は最後は一人で死ぬものだと痛感した。

臨終時の孤独を救うのは宗教的な考えしかない。現代の僧侶の仕事は葬儀と法要が殆どだが、昔は違っていた。明治大正までは、枕元で極楽往生を語り聞かせ、安らかな死へ導くのが僧侶の大切な仕事だった。

私は無信仰で特定の神は信じていない。しかし、先に逝った父母や兄姉の魂なら信じられる。それは母も同じで、死んだら溺愛してくれた祖父甚平に会えると楽しみにしていた。

死の少し前、深夜、母の様子を見に行くとハッと目覚め、「あら繁。会いに来てくれたの。」と、35年前に突然死した繁兄と私を勘違いして、とても嬉しそうにしていた。
度々、父や裕子姉の幻影を見て、「テレビの中に裕子がいる。」と喜んでいたこともあった。

死者たちの魂を信じていた母の臨終は、安らかだったはずだ。現実は呼吸困難に陥り苦しんでいたが、それは生理的な反応で、心の中では先に逝った死者たちに囲まれ、楽しかったと思っている。

魂は現実にはないものだが、ひたすら信じれば、心の中で共に生きてくれる。医学が死の苦しみ寂しさに対して無力である以上、神や魂を信じるのはきわめて合理的なことだ。

Suimen

水面を描く時の資料用に新河岸川を撮った。
川向こうの建物は公団住宅。低層で非効率なので、やがて高層に建て替えられるだろう。

この川沿いの遊歩道を1日1回、往復2キロを走っている。マラソン大会に出たいと思っている訳ではない。ただ、食後の血糖値を下げるためだけに走っている。

最近、スピードにこだわって頑張ると、かえって血糖値は上がると気づいた。頑張った結果アドレナリンが分泌され、血糖を上げようとするるからだ。
効果的に下げるには速歩程度が良い。10分ほど軽く走るだけで100mg/dl以上軽々と下がる。

炭水化物を極力減らして蛋白質と脂質でエネルギーをとる食事法が注目されている。しかし、それを長期間続けると腎臓の負担が増し、動脈硬化を促進するとの実験結果がある。今のアメリカでの推奨糖質量は1日130グラム以上となっている。

脳梗塞患者のほとんどは血糖値に異常があると言う。ガン防止は難しいが、糖尿病防止は簡単だ。日本国民4割の素質のある者が気をつければ、医療費の大削減につながるはずだ。

Su冬の散歩は、葉の落ちた枯れ枝の間に鳥の巣が見つかるのが楽しい。
写真はカラスの巣。

小鳥の巣は小さくて可愛い。

私たちが子供の頃、樹上に板を渡して隠れ家を作って遊んだ。
ムシロを敷いて、風よけを作り、仲間たちと日なたボッコをしながら遠くを眺めるのが本当に楽しかった。

今でも、樹上に家を建てたいと思っている。
ゆとりができたら、是非実行したい。

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