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2011年2月 8日 (火)

王子稲荷の初午。肌寒い中出かけた。11年2月8日

赤羽駅近くの上野歯科医院に12時45分の予約。早い昼食後、急いで5分前に到着。
待ち時間なしで治療が始まった。予約時間にできるかぎり合わせてもらえるので助かる。今日の治療は初期虫歯の補填。小さな穴三カ所を綺麗に埋めてもらった。

昔、かかっていた歯科医院は予約しても1時間以上平気で待たせた。その上、初期虫歯を本格的な虫歯になるまで放置していた。おかげで、失う必要のない歯を数本、高価な差し歯にされてしまった。
そのような歯科医院はまだ多い。不信感があったら変えるべきだ。

しかし、それができるのは東京だからだ。地方では医師の権威が強く、そんなことは到底できないと、田舎暮らしの知人がぼやいていた。
定年後に田舎暮らしを目指す人が多いが、老いると体が弱り、医院の世話になることが増える。そこまで考えて実行しないと大変なことになる。

歯の治療の後、赤羽駅から京浜東北線で王子へ向かった。

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今日は初午である。王子稲荷への通りは出店が並びにぎわっていた。多くは老人だか、近くに中央工学校があるので若者たちも交ざっていた。
縁日はのんびりして和む。初午に行けなかった人は20日の二の午がある。

去年は母の車椅子を急坂を押し上げ、裏門から境内に入った。
今年は一人なので、正門の階段を上った。目の前を行く老人の足取りを気遣っていたら、不覚にも最後の一段で私がつまずいてしまった。すばやく手をついたので何でもなかったが、最近、ジョギングに階段上りと元気だったので、「過信するなかれ。」とのお告げだろう。

Uma2_2Uma5Uma4_2本殿にお詣りした後、願い石の小さな社へ向かった。

長蛇の列で、20分近く待った。
願いを祈りながら、20キロほどの石をかつぎあげ、軽かったら願いが叶うと言われている。

先ほど階段でつまずいたので、足場を決めて、慎重に持ち上げた。
石は頭の上まで軽々と上がった。
今年もまた生活で四苦八苦するのではと、不安があったので嬉しい。
ならんでいるのは老人が多く、願い石の持ち上がる高さは10センチほどだ。

今、介護日記を読みやすい長さにまとめている。
去年は半年かけて、250万字の原文を70万字に縮めた。
更に半分の半分と15万字まで圧縮した。

今年に入り推敲を重ね、12万字を目標に仕上げている。
長くするのは簡単だが、捨てて縮めるのはむつかしい。

願い石の後、崖の中腹のキツネ穴をお詣りして、帰路に着いた。

去年の帰り道では、「今年もお詣りできて、本当にうれしい。」と母が何度も言っていた。
母は内心、それが最後のお詣りと思っていたようだ。そして、本当になってしまった。

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電車に乗る前に、王子駅近くの音無親水公園に寄った。
クラシックなアーチ型の音無橋が美しい。
親水公園は旧石神井川跡に作られている。上流の石神井川とは繋がっていず、園内の水は浄化された循環水が緩やかに流れている。

Neko_2澄み切った流水を野良猫が美味しそうに飲んでいた。

夏になるとこの辺りは、子供たちの水浴でにぎわう。

少しのどが痛い。
風邪の引き始めかもしれないので、無理をせずに北赤羽まで電車で帰ることにした。
しかし、赤羽駅に着くと埼京線の各駅停車は出たばかりで35分の待ち。
住まいまでは歩いて20分の距離だ。電車はあきらめ、赤羽駅前で買い物をして帰った。大きな駅の隣の小さな駅は、そのような不都合がある。

イトーヨーカ堂で節分の豆の売れ残りを探したがなかった。代わりにひなアラレを買って帰り、母のために仏壇に飾った。明日はおひな様を飾る。

深夜まで、介護日記の仕上げに励んでいる。絵もそうだが、文は仕上げが楽しい。上手い下手に関係なく、文を書くのは好きだ。だから何度書き直しても飽きない。おかげで寝るのが嫌になって困っている。

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