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2011年3月22日 (火)

我が家の回りから人が消え「みんなどこへ行った」と叫びたい衝動に駆られる。11年3月22日

食品の買い物へ行くと、照明が暗い上、空き棚ばかりだった。以前は、食品売り場へ行くと元気が出ていたが、今は寂しくなる。加えて計画停電。幸い、都内の我が家は一度も停電はないが、暖房器具のコンセントは抜いたままで肌寒い。おまけに、近所から人の気配が消えて静かだ。電話もかからないしメールも来ない。不思議なことにスパムメールまで消えた。一人暮らしなので、「みんな、どこへ行った。」と叫びたくなるほど寂しい。

震災から2,3日は下の環八は車で埋まっていたが、今はガラガラに空いている。ガソリンスタント入り口の、段ボールで応急に作った「ガソリン売り切れ」の看板は出っ放しだ。昔、SFドラマでそのような寂しい風景を見たことがあるが、これは現実の光景だ。

放射能が怖いのか、マスクにレインコートの人間がやたらに増えた。絵描き仲間が銀座でグループ展をしているが客の入りが極端に悪く、急遽、日程を伸ばした。行ってあげたいが、行き帰りの電車を思うと躊躇する。

銀座から外人が消えたらしい。海外のレスキュー隊も放射能を恐れて成果を上げないまま撤退して行く。結局は、日本の復興は我々が自助努力で成し遂げる他ない。

昨日今日と雨。散歩へ出ると、自然は季節を忘れずに多くの花を咲かせていた。いつも、最後に救ってくれるのは自然だ。

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緑道公園のモモの花。

少し歩くと、生前母がよく挨拶していた老人が傘もささずに歩いていた。年齢は86歳。去年末、彼の奥さんに会ったが、すっかり惚けていて話しが通じなくなっていて驚いた。老人に会釈したが気づかずにヨタヨタと自宅に入って行った。とても元気で、かくしゃくとした人だったのに、わずか1年足らずで、夫婦共に老いてしまった。子供は遠く離れて暮らしている。不自由な家庭が垣間見え、私まで寂しくなった。

こんな時こそ笑顔や光りが欲しい。しかし、電力節約で催し物は壊滅状態。ディズニーランドは液状化で修復工事中。工事が終わっても、電力確保ができなければ開園は無理だ。

東電発表では、元に戻るまでに1年はかかりそうだ。しかし、困難な時こそ日本人は底力を発揮する。思いがけないアイデアが無数に登場して、世界が驚くような奇想天外な社会に大変身を遂げそうな気がする。間違いないのは、省エネルギー照明のLEDや有機ELが一気に普及することだ。大型発電所の新設がすぐには無理な以上、それに代わって太陽電池や風力発電や小規模水力発電などが激増しそうだ。

今まで、日本の低迷に内需不足があったが、数ヶ月もすれば、復興内需が爆発しそうだ。外国人労働者が大挙して国外に逃げ出しているので、仕事にあぶれていたホームレスたちにもチャンスが訪れる。今は喪に服すだけでなく、復興へのエネルギーをダイナミックに結集すべきだ。

今、世界中の自動車、液晶、半導体生産が日本の大震災の影響を受け操業短縮に追い込まれている。ハイテク重要部品の生産拠点が日本にあるからだ。この大災害で日本の重要さが世界に再認識されたようだ。日本の官は三流だが民は一流だ。日本の生産現場は驚異的な回復力を見せるはずだ。

生産と違い、被災民個々の喪失感の解決は容易ではない。報道に登場する肉親を無くした人の中で、涙も見せず元気に頑張っている人たちが多くいる。私は、涙に暮れている人たちより、そのような元気な人たちが心配だ。涙に暮れている人は意外に早く立ち直る。しかし、元気な人は後から重い喪失感がやって来る。今の元気さは仕事の忙しさや、団体生活のにぎやかさで紛れているだけの場合が多い。そのような人たちへのケアをしっかりと行わないと、半年後、1年後に重い症状が現われ悲劇を生むことになる。

Tu_1Tu_2Tu_3_2昨日は雨の中、赤羽自然観察公園へ行った。土筆が無数に出ていたが、管理ボランティアが熊手をかけすぎて、どれも頭が欠けていたり黒く変色していた。写真はその中でやっと見つけた無傷の土筆だ。お昼に母が好きだった卵とじにして仏壇に供えた。

中写真は東京北社会保険病院下公園のユキヤナギの花。

下写真は緑道公園のサンシュユ。

今も地震で建物が揺れている。震災以来ひっきりなしで、ドアがガタガタ音をたてて、やっと気づくくらい鈍感になった。更に大きい揺れでは、台所の洗い桶の水が、チャプチャプ音をたてるので分かる。

ニュースは放射性ヨウ素のことばかりだ。これは半減期が8日と短く、放って置けば基準値内に減衰するので心配はいらない。しかし、買い物へ行くと、買い控えが始まったようで牛乳が売れ残っていた。まして、安全基準値内の野菜まで店頭に並べないのは過剰反応だ。こんな買い控えをしていたら、都民は自分で自分の首を絞めることになる。
放射性セシウムは特定の臓器に集まる性質がないので、現在の僅かな量ではまったく心配ない。

相変わらず週刊誌やネットは社会の不安心理に便乗して、売り上げやアクセス数を稼ごうとしている。なぜ、非科学的な情報で社会を混乱させたいのか理解できない。風評は我々を守るものではなく、生活を脅かすものだ。

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