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2011年4月24日 (日)

忙中閑あり。銀座のシネスイッチで「戦火のナージャ」を観た。11年4月23日

ポスターの絵を描いている。仕事は厳しく、今月初めからクライアントとの擦り合わせに忙殺されている。あまり仕事に没頭していると思考が煮詰まり、良いアイデアが浮かばなくなる。それで、昨日は久しぶりに1日休んで、渋谷駅前のウエマツへ絵の具の補充に出かけ、帰りは銀座へ回って映画を観た。見たい映画があった訳ではないが、出がけに配達された夕刊の映画欄にロシア映画、ニキータ・ミハルコフ監督「戦火のナージャ」があったのでそれに決めた。

渋谷駅からウエマツへ陸橋を渡ったが、降り口が工事中で閉鎖されていて遠回りさせられた。絵の具棚で絵の具を選んでいる時間は平和で安らぐ。ふと、何歳まで、このような安らぎを得られるだろうかと考えてしまった。以前はそんなことは微塵も考えなかったのに、老いは寂しいものだ。

買い物を終えてから銀座線の渋谷駅へ向かった。地下鉄駅なのに3階にあり、いつもまごつく。
電車はひどく蒸し暑かった。「節電のため冷房が止めてあります。暑い時は窓を開けて下さい。」と車内放送していた。今まで気がつかなかったが、いつも4月から冷房が入っていたようだ。

銀座はネオンサインが消えて、いつもと違う雰囲気だった。しかし、慣れてくればその暗さが良い。映画館は和光裏のシネスイッチ。上映まで40分程時間があったので、シニア料金でチケットを買って、隣のギャラリー・オカベへ寄った。

「1000円だったよ。」とギャラリーの川口さんにチケットを見せると「年寄りは安いの。」と言われた。ポルトガルから一時帰国した女性が作品展をしていたので、作家と話しながら作品を観た。清澄でなかなか佳い作品だ。絵の話しをしている内に時間が来たので映画館へ戻った。

入れ替えを待つ時間は何となく楽しい。遠くに腰かけていた中年男性が飲み物を床に落として、茶色の液体が流れ私の足元まで来た。年老いた清掃員が来て床を拭き始めたので「ここが終点だ。」と言うと「もったいないね。」と笑った。

入りは半分程で楽に座れた。上映前にニキータ・ミハルコフ監督の震災見舞いが上映された。「幾度も困難に打ち勝って来た日本国民は、今回の苦難も立派に克服するだろう。第二次世界大戦に翻弄されたロシア国民と今の日本は苦難を共有している・・」と言ったことを感銘深く話していた。

「戦火のナージャ」は戦争映画だが映像詩の側面が多く、ソヴィエト時代の戦争リアリズムの映画とは大きく違っていた。自由に製作できる環境が却って表現密度を薄くしているように感じた。

10時前に映画は終わり、まっすぐ北赤羽へ帰った。駅前のライフが開いていたので、牛乳と卵を買った。夜遅く、誰もいない家に帰った。母が生きている頃はドアを開ける音に必ず目覚めて「楽しかった。」と聞いていた。

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今日の午後、雨が止んだので散歩へ出た。緑道公園の新緑が美しい。

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中央のハナミズキの咲く道を上って行くと赤羽台団地へ続く。

福島県知事が震災復興より原発事故の終息を優先してくれと言っていた。その気持ちはとてもよく分かる。友人たちも原発が落ち着かないことには仕事が前へ進まないとぼやいている。観光地も旅館も皆同じだろう。

広島長崎の被爆の後、放射能被害が強調されるあまり、両県の被爆者は結婚や就職差別を受けた。今は福島県民が同じ目に会っている。放射線の害を強調する人たちは、そのような被害は考えていないのだろう。広島長崎での被爆者の疫学調査では、500ミリシーベルト/年以上でガンリスクが5%上がり、250ミリシーベルト/年以下ではリスクの上昇は見られなかった。

現在の福島県飯館村でピンポイントに高濃度汚染された野外に1年間居続けた場合の被爆量は積算で400ミリシーベルト。外に居続けることはあり得ないので、実際は200ミリシーベルト/年くらいだろう。それで高まるガンリスクは1%以下。タバコなどの他の発がん物質のリスクと比べると極めて小さい。これは最悪の場所での算出で、他の場所でのリスクは極めて小さいと思われる。

チェルノブイリ原発事故の後、奇形を恐れた妊婦たちが中絶手術を受けたが、胎児に通常発生頻度以上の奇形は見られなかった。放射線は安全だとは言わないが、誤った認識が深刻な差別を招くことを活動家たちは知って欲しい。

A_1_2強震観測網のサイトがあった。
防災科学技術研究所がリアルタイムで、地震速報を日本地図上に示している。

日本全国の観測地点が青で表示されていて、地震が起きると強さに応じて色が変化する。

5,6年以内にマグニチュード8クラスの余震が起きる可能性がある。震源は千葉沖辺りが有力らしいが、遠ければ東京への影響は小さい。しかし、運悪く津波を伴えば千葉県沿岸は被害を受けるだろう。

今も震災や原発事故が嘘のように思える。被災者たちは3月11日以前を夢のように思い返していることだろう。

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