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2011年6月27日 (月)

長い階段を上り切って見える明るい空に、死のイメージと救いを感じる。11年6月27日

東京北社会保険病院の庭のヤマモモに、カラスたちがたかって熟した実を食べ散らしていた。彼らは悪いことをしている意識があるようで、私が傍らを通ると慌てて逃げ出した。

庭から下の公園への階段を下った。
手摺に羽艶の良い若いメスカラスが止まっていた。すぐ傍まで近づいても逃げない。
「人に近づいちゃダメだよ。」
声をかけるとちょっと首をかしげて私を見た。
それから2,3メートルの距離を保って、トントンとついて来た。
「ダメだ。」
強く言うとやっとついて来るのを止め、いつまでも私を眺めていた。

G_2G_4G_5G_6G_7生協で買い物をすると、入り口脇にゴールデンが繋がれていた。飼い主は買い物中で寂しそうだ。声をかけると情けない顔で私を見た。

以前は、そのような出来事を母に話すと、とても喜んでいた。
今、そのような平凡な日々がとても懐かしく大切だったと感じている。

報道番組で3月11日の3時以前に戻りたいと三陸の被災者が話していた。
私と比べれば、その人たちの喪失感は数百倍は辛い。

今日も公園で必死にリハビリをしている熟年男性に会った。彼もまた、頸椎損傷をする前の健康な自分を思い出しては否定する毎日だろう。

だからと言って、自分の過去が良かったとは思っていない。
若い頃から、恋愛や仕事が巧く行っても、いつも心の底に空虚なものがあった。

今は喪失感に加え体の節々がいたみ、いくら歩いても疲労を感じなかった足腰は悲鳴をあげている。それでも、生きている限り歩くのを止めることはできない。

買い物から帰って玄関を開けると甘い香りがした。前倒しした先日の一周忌にお隣が持って来てくれた百合の花だ。

命日の7月1日が近づくにつれ、母のことを思い出す。
今日も、買い物帰りの13階への長い階段を上りながら母の死を考えた。
上りきった13階の明るい空を見上げた時、死の直前、母が遠い視線をしていた意味が氷解した。
母は息絶え絶えの苦しい時間を過ごした末に、明るい空が見えて安堵したのだろう。
だから傍らの私すら、遠い存在になってしまったのだろう。

散歩道の公園にノウゼンカズラが咲いた。
10年近く前の真昼のことだ。消防車のサイレンが聞こえたのでベランダへ出ると、公園のノウゼンカズラの辺りから黒煙が上がっていた。煙りはすぐに収まり、子供の悪戯くらいに思った。

後日、そこに住み着いていたホームレスが焼身自殺したと聞いた。生前、彼は園内を掃除をしたり、洗濯をしたりしていた。ホームレスにならなければ真面目な生活者だったのだろう。

彼はノウゼンカズラの満開を待って死を選んだと思った。彼は自分の死へのはなむけとしてこの花を選んだに違いない。彼の意図は当たり、今も私はこの花を見ると彼を思い出し、焼けこげが残るコンクリートに手を合わせている。

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桐ヶ丘都営団地のフヨウ。
暗い梅雨空に美しく開花していた。

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