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2011年6月 9日 (木)

梅雨の晴れ間の夏草は素晴らしい。11年6月9日

九州の母違いの姉から電話があった。母違いの姉は二人いて、その下の方の姉だ。優しい性格で、一人暮らしの私を気遣い、時折、食べ物や小遣いを送って来る。
「辛いことがあったら、いつでも相談してね。
そちらに住めなくなったら、いつでもこちらへお出で。」
そのような電話の内容だった。東京以外の土地では絵描きはできそうにないので、
「気持ちだけで嬉しいよ。」と答えた。
「でも、私がそう思っていることは忘れないでね。」
姉は何度も念を押して電話を切った。

母違いのもう一人の上の姉の亭主は弁護士をしていて裕福だ。頭の良い姉だが下の姉程の優しさはない。年に一度くらい電話してくるが、こちらからは年賀状を送るくらいだ。

順当に行けば、それらの姉に加え、父違いの兄と両親同じ姉が先に逝って、私は一人になる。それを寂しいと思ったら本当に寂しくなるし、当たり前と思えば受け入れることができる。

日に何度か、住まいのある13階まで階段を上り下りする。慣れているが、時には辛い時がある。そんな時、階段を上ることと生きることは同じに思えて来る。上り続ける程に苦しくなり、一息つこうと休んだ時が生きるのを止める時なのだろう。

E_2E_1今年も東京北社会保険病院下の公園の同じ場所にガクアジサイが咲いた。この花を見ると、母にもっと優しく接してあげればよかったと後悔がこみ上げる。その思いに囚われるのは、もうすぐ母の一周忌だからだ。

この写真の前夜、母は幻覚を見て何度も私を呼びつけ、私は殆ど眠れなかった。

明け方、「休ませせてくれないと、共倒れになる。」と母を叱った。
その時私は、母が極度に心臓が弱り、酸素飽和度が低くて幻覚を見ていたことに気づかなかった。

散歩に連れ出し、頭がしっかりした母に前夜の事を話すと、「ごめんね。」と何度も可哀想なくらい謝っていた。母が元気そうな顔を見せたのはこの写真が最期で、97歳の誕生日を目前に、3週間後の7月1日に在宅で死んだ。

私は母を幾度となく救った。最初は、母が70代後半の胆石手術の後にC型肝炎に感染させられた時だ。疲労を訴える母に試しに鬱金を飲ませると驚く程に元気になって検査数値も良くなった。

次は89歳の時だ。腰椎の圧迫骨折で歩けなくなって大病院へ入院させたが、そのままでは寝たっきりへ一直線だと判断し急遽母を退院させ、近所に開院したばかりの整形外科へ連れて行った。その医院は神経ブロック治療に優れていて、母は驚異的に回復し車椅子散歩を続けることができた。

次は肝臓ガンが発見された時だ。その病院で治療法はないと言われ、すぐに駒込病院へ転院させると手術可能だと分かった。母は婦人科のがんにもかかっていたので、先にその手術をした。その時、予防的に鼠径リンパ節廓清をすることになっていたが、様々なケースをインターネットで調べ、廓清は止めてもらった。おかげで、母は足の浮腫みに悩まされる事なく、その後の肝臓ガンの手術にも成功した。母の車椅子散歩は更に7年間続けられ、充実した老後を送ることができた。

介護の期間、幾度も死にかけたが私の緊急措置で驚異的に元気になった。しかし、ダメと分かった最期は家庭医の入院の薦めを断り、在宅で看取った。最期のことは、生前、母と幾度となく話し合っていた。祖母も父も在宅で私が看取ったので、母とはダメと分かったら入院させず在宅で私が看取ることを約束してあった。十分な合意の末の決断だったが、もう少し何かできたのではと悔いが残った。

母が死んでから、一人暮らしは寂しいだろうと知人たちは気遣ってくれる。そんな時は遠慮なく「さびしい。」と答えることにしている。

気楽にそう言えるのは、話し相手がいるその時は寂しくないからだ。しかし、家で一人でいる時は本当は寂しい。だから敢えて「寂しい。」と独り言でも言わない。グリーフケアでは哀しみは押さえない方が回復は早いと言われている。私もそれに従ってすなおに哀しみは受け入れて来た。そして、母を良い思い出として思い返せるまでに回復した。だから「寂しい。」を自分自身に対して口にしないで済むようになったのだろう。

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好天の今日は散歩途中、東京北社会保険病院の庭の木陰で休み、芝生に腰を下ろして冷たいお茶を飲んだ。

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日射しが照りつける夏草を眺めていると何とも言えない至福感に満たされる。折りに触れ、母を思い出すことはあっても、生きている素晴らしさを味わえるようになった。

C_1C_2C_4D_2C_5D_1緑道公園のカリン。今年は豊作だ。
ここのカリンはきめ細かくて特有のざらつきが少なくとても美味しいジャムができる。
薬効も優れていて、終末期に咳き込むことが増えた母はそのジャムで救われた。

緑道公園のビワ。とても甘く熟す。

星美学園下のウチワサボテン。
実は秋になると鶏卵程の大きさに熟す。
ほの甘いが、皮に微細なトゲが無数にあり、皮むきに慣れない人は試みない方が良い。
不用意に触るといつまでもチクチクと不快感に悩まされる。

緑道公園のジューンベリー。
食べごろに熟して来たが、今年は甘味が薄いように感じる。

路傍のホタルブクロ。
赤羽自然観察公園にも多く自生していたが、無謀な草刈りで絶滅してしまった。

今日の四葉のクローバー。
東京北社会保険病院の庭で見つけた。

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