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2011年7月15日 (金)

母の新盆に様々思いが去来した。11年7月15日

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13日、
久しぶりに赤羽自然観察公園へ行った。酷暑のおかげで自然が少し回復していた。草刈りに熱心な老人たちが暑さを敬遠しているからだ。

ザリガニ取りの子供たちの姿が懐かしい。この野球帽を学生帽に変えたのが、小学生の頃の私たちの姿だ。当時の男の子は真鍮板を型抜きしたペラペラの桜徽章付きの黒い学生帽をどこへ行くにも被っていた。風の強い日はキャップベルトを顎にかけて飛ばされないようにした。更に、学生帽は大切なものをしまう場所にもなっていた。

Mm_3Mm_2Mm_5K_1管理棟前の木陰で休み冷たいお茶を飲んだ。

ここはいつも涼風が吹いていて心地良い。
隣のグランドでは若者たちが草野球に興じていた。
ふいに、木陰に止めた車椅子でウトウトしている母の姿を思い出した。

帰り道、会ったワンコ。
15歳の女の子だが、暑さに負けずとても元気で、飼い主の自転車を引っ張るように走っていた。
カメラを向けると飼い主は止まって写させてくれた。
大型犬は長生きしないが、この子はまだまだ元気そうだ。

帰ると夕焼け空が見えた。
十万億土から帰って来る母たちの霊を何となく西空に探した。
「見える訳はない。」と、つぶやきながらしばらく眺めていた。

夜は盆提灯を灯した。
傍らのベットで「綺麗ね。」とつぶやいていた元気な頃の母を思い出した。
本当に時間が過ぎるのは早い。

14日
写真を届けに知人宅を訪ねた。
玄関で渡して帰ろうとすると、「冷たいお茶でも。」と誘われて何となく上がった。

仏間に昔風にお盆のお供えが飾ってあった。年寄りがいるので、きちんと伝統を守っているようだ。

くつろいでいると、お盆の法要に坊さんが訪ねて来たので、私も一緒に読経に手を合わせた。宗派は同じ日蓮宗だった。上がるつもりはなかったのに、誘われるまま上がったのは、母がそうさせたのではと思った。新盆なのに、何もしてあげられない後ろめたさがあったが、読経を聞いているうちに気持ちが安らいで行った。

知人宅を辞して、駅前へ買い物へ向かっていると、消防団姿の旧知の方と会った。近くのビルで小火があったようだ。

立ち話しをしていてTさんの訃報を聞いた。Tさんは以前住んでいた近所の人で私と近い歳だった。母と同じく肝臓ガンと闘病中だったので母とは話が合った。
入院中のご主人を3ヶ月前に亡くし、生きる気力が萎えての急死だったようだ。最後に彼女と会ったのは桐ヶ丘生協の近くで、顔色の悪さが気になっていた。

母が元気な頃は彼女と会うといつも長話していた。ふと、Tさんの死を母に伝えなければと思い、すぐにそれが出来ない虚しさが過った。母をよく知っている人が亡くなると二重三重の深い喪失感を覚える。

お盆は様々な思いが去来する。
子供の頃は、迎え火を焚き、花火に興じて楽しかったのに、年々、陰影が深くなって行く。母が生きている頃は来年の事を考えていたが、これからは止めることにした。

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