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2011年8月20日 (土)

大災害に原発事故と日本は近未来の災難を先取りした。乗り越えれば世界一強靭な国になる。11年8月20日

新聞一面は円高だった。米国も欧州も経済危機でドル安とユーロ安。消去法的に、まだしっかりしている日本円が買われてのこと、と解説していた。世界一の債務を抱えて日本経済は破綻寸前と、マスコミに悲観論ばかり聞かされて来たのに真実は少し違っているのかもしれない。

一部情報では、格付け会社が日本経済見通しをプラスへと転換させたようだ。財政赤字と不動産価格低迷で景気回復の曙光が見えない米国。財政危機の欧州。経済成長鈍化と不動産バブル崩壊寸前の中国。それらと比較すれば、日本経済は悪くないようだ。

福島原発では、東芝製の汚水処理設備「サリー」の本格運転が始まり1.5倍に効率が改善した。今までは故障だらけの米キュリオンと仏アレバの装置を直列に繋いで、騙し騙し使っていた。政府も東電も公式には言わないが、外国製装置は高価な上に故障続きで泣かされ放しだった。
「サリー」の試運転では、1立方センチ当たり1000ベクレルの汚染水が殆ど0の検出限界以下にまで浄化できている。原発事故処理は長期に渡るので、これから次々と国産装置や国産ロボットが投入され、処理効率は一気にアップするだろう。

大震災に大津波に原発事故。日本は近未来に起こりうるすべての災難を先取りした。このような環境で立ち上がった国は強い。これからの復興の過程で、総ての分野の未来技術を手にすることになるだろう。まだまだ、日本の生産現場は世界トップ水準を走っている。今回の円高も、我々が思っているより、世界は日本の未来を評価している現れだ。

放射性汚染によって、閉鎖空間での作物栽培が進化しそうだ。これまで食料の工業的生産は「人工的」と敬遠されていたが、閉鎖空間なら気候に影響されず、無農薬栽培も可能で、汚染への「安全」も約束される。
使えなくなった汚染農地を利用して、バイオプラスチックやバイオエタノール、石油生成藻による石油生産も可能だ。

太陽光発電も、今までの太陽パネルは気候に影響されるが、太陽熱発電ならその欠点をカバーできる。無駄に捨てられていた住居屋根に降り注ぐ太陽熱を蓄熱して、熱電変換素子を使った安定した発電が有望だ。

原発も大変革されるだろう。従来の原子炉は臨界まで暴走するウラン燃料を制御棒で制御する危険なシステムだった。しかも、化学的に危険な水を使っていたのも問題で、今回の福島原発事故は起こるべくして起きた事故だった。

今、有望視されているのはトリウム燃料の溶融塩炉だ。この方式は、核燃料のトリウム-232をフッ化物にして、フッ化物塩からできている溶融塩に溶解させて燃やす。トリウム1トンは200トンのウラン相当のエネルギーを発生させる。しかも、トリウムはレアアースと共に大量に埋蔵されていて、ウランより豊富だ。

溶融塩は450度で固まる。もし漏れ出てもすぐにガラス化して飛散しない。炉の底には高熱で溶ける栓がある。もし過剰に核分裂が進行して高熱になれば栓が溶けて、溶融塩は下の受け皿に落ちて冷えて固まる。しかも、水は全く使わないし、圧力容器も必要ないので事故の危険は少ない。
簡単に言えば、従来の原子炉とはまったく逆に、常に手を加えないと核分裂が終わってしまうので、事故が起きても放っておけば一人でに終息する原子炉だ。

構造もシンプルで、長期連続運転が可能で、純化した燃料は必要とせず“雑食性”が強い。たとえば、6畳間に設置できる程に小型化でき、逆に多量に核燃料を装入すれば数十年の安定運転ができる。核廃棄物は理論的には現在の原子炉の1000分の1しか発生しない。しかも、プルトニウムの発生も極めて少ない。

トリウム炉開発に力を入れているのは、トリウム埋蔵量が多い中国とインドだ。仮に、日本が建設しなくても、両大国で成功すれば、両国のエネルギー大量輸入が減って、巡り巡って日本は有利になる。
米国は40年昔にトリウム実験炉に成功していた。それを敢えて止めたのは政治的な理由で、原爆製造に必要なプルトニウム生産が極めて非効率であったからだ。

良い事ずくめだが、今まで、すべての核事故は先端技術で起こっていた。トリウム溶融塩炉も未知の危険が隠されているだろう。しかし、仮にこの先進技術を手にしなくても、将来のエネルギー問題のリスクは小さい。日本はメタンハイグレードや地熱など隠れた資源大国だからだ。例えば東京都の地下には、都民が10年以上使い続けられる大量の天然ガスがある。

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開け放った窓から冷風が吹き込み目覚めた。タオルケット1枚では肌寒いくらいだった。
午後、散歩へ出かけると、非常階段の各所にアブラゼミが死んでいた。

C_2N_1N_2前夜、玄関前でバタバタと蝉の羽ばたく音が聞こえた。
空を眺めて横たわっている彼らは、悩みなく気持ち良さそうに見えた。
この姿を見るとホッとする。
野生の生き物やペットたちは淡々と静かに死ぬ。大騒ぎするのは人だけのようだ。

人が大変なのは、余分なものを抱え込み過ぎるからかもしれない。
私を含め、中年から老年へみんな悩む。
5年後も生活できるか。
80才まで生きられるか。
頭が薄くなった。
腰や膝が痛い。

若者は若者で、進学に、就職に、恋愛に、結婚に、もっと痩せたい、背が高くなりたい、もっと美しくなりたい、と悩みは尽きない。

最近気付いたことがある。
それは、人は自分のことをさほど気にしていない事だ。
仮に、私が死んでも、すぐに忘れ去られてしまう。
だから、一瞬で忘れ去られる死んだ蝉に共感したのかもしれない。

先日、お盆の前に、去年死んだ絵描き仲間の未亡人に電話した。
線香あげに行くと約束していて、行けなくなった詫びだった。

色々話していて、自分たちの死について話した。私は母を看取って得た最大のものは、死を恐れなくなったことだと話した。それはたった一人の家族の母の死を我が事のように疑似体験したからだと思っている。

彼女も死を恐れなくなったと話した。彼女の場合は、あの世で彼が待っていると信じているからだ。私も、先に逝った母や父や兄や姉やが待っていてくれると信じられたら、楽なのだが、その境地にはまだ遠い。

雨で増水した新河岸川のカモ。
かなり速い流れを逆らいながら、猛然と泳いでいた。  
「無理しないで、飛べば良いのに。」
一緒に眺めていたアベックがつぶやいていた。
もしかすると、カモは流れに挑戦したかったのかもしれない。

東京北社会保険病院庭への階段。涼しさの中、ツクツクホーシが一生懸命に鳴いていた。

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