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2011年10月19日 (水)

秋深し 風評被害に泣く田圃 放射線は冷静に怖がるべきなのに・・11年10月19日

今日は11月の涼しさだ。今年の秋は早く過ぎて行く。赤羽自然観察公園の木々も色づき始めた。肉眼では気づかなくても、写真に撮ってみると、夏の鮮やかさがくすんで来たことが一目瞭然だ。

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区内の小学校が分担して栽培していた古民家前の田圃の刈り取りは終わった。いつもなら楽しい行事だが、原発事故が暗く影を差し、稲のハザ掛けは今年はない。この様子では、年中行事の収穫米の食事会はどうなるのだろうか。実際の所、土中の粘土質が放射性物質をしっかり吸着するので、稲への移行は殆どないが、神経質な親の反発は厳しいだろう。

放射線を正しく理解して冷静に怖がる。その姿勢が欠如して風評被害が蔓延している。世田谷の民家で毎時3.35マイクロシーベルトと異常に高い放射線が計測されて大騒ぎになった。それは住宅床下に50年以上前から置かれていたラジウムが発生源とすぐに分かった。風評被害の元凶と言われている 学者の武田邦彦氏は、それ見た事かとブログに書き立てた。しかし、事実が判明するとすぐに削除した。昔、炭坑夫はカナリアを坑道に持ち込んで、鳴き声の変化でガス発生を知り爆発から逃れた。武田氏はカナリアの役割をしているつもりだろうが、冷静さを欠くとただの煽動家になる。

ラジウムは昔は夜光塗料に使われていて、今の母親が知ったらビックリするような高レベルの夜光塗料を模型材料店等で子供は普通に買っていた。ラジウムやウランは健康用品、ガラス色づけと様々な日用品にも使われていて、昔の骨董品を調べると高レベルのものが多く発見される。
ラジウム入りの夜光塗料は放射線が蛍光物資を光らせる仕組みだ。だから、24時間いつまでも光り続ける便利なものだった。今の夜光塗料は蓄光方式で放射性物質は全く使われていない別方式だ。
温泉にラジウム泉、ラドン泉と放射線を利用したものがあるが、健康目的に使われた長い歴史があり被曝被害はまったくない。

ちなみに、世田谷民家の高レベル放射線の中で50年暮らした老夫妻に被曝被害は出ていない。仮にこのレベルで1000人が昼夜30年間生活したとして、ガンが発生するのは一人か二人だ。実際は300人くらいがタバコなどの他の原因でガンになるので、一人二人では因果関係を証明するのは不可能に近い。しかし、先の武田氏は、このレベルでも殆どの人は即ガンになって死ぬように言っている。そして、それを妄信した若いお母さんたちを深刻な放射線ノイローゼに陥らせている。

昨日今日は足立区の小学校の雨樋下地上5センチで3.9マイクロシーベルトを計測。直ちに土砂を取り除き、0.1まで低下した。救いは、マスコミ論調が落ち着いて来たことだ。以前の朝日なら一面で大々的に報じるニュースだが、今回は社会面下段扱いだった。

高レベルが計測されたのは科学的な理由がある。広い屋根に薄く付着していた放射性物質を洗い流した雨水が雨樋で集中して流れ落ち、地面の粘土質に吸着されたから高レベルになった。たとえば、福島原発での除染作業で、低レベル汚染水を除染させた吸着剤を計測すれば高レベルになるのと同じ理屈だ。だから、雨樋が下水管に接続されている場所では高レベルは計測されていない。これを参考にすれば地形や建物の形状でホットスポットを予測するのは簡単だ。広い屋根と地面に直接落ちる構造の雨樋の流出口下は高レベルと考えていい。

ただし、足立の3.9マイクロシーベルトの地上5センチの高さにべったりと24時間寝転んで1年間過ごして積算35ミリシーベルト。現実にそのような生活する者はありえない。仮に、子供がそこで毎日1時間泥んこ遊びをしたとしても積算被曝は1年間で1.45ミリシーベルト。その数値は十分に低い上、実際にそんな所で毎日遊ぶ子供はいない。放射線を正しく理解して冷静に怖がるとは、そう言うことだ。

Q6QxQ1Q3Q7赤羽自然観察公園の古民家の座敷で少し昼寝をした。
少し寝てから、竹箒で庭を掃く音で目覚めた。

「起こしちゃって、悪かったね。」
顔見知りのその人は、すまなそうに謝った。

竹箒で掃く音は懐かしい。
子供の頃は毎朝、庭や家の前の道路をそのように掃除をさせられていた。
小学校では掃除が終わると竹箒でチャンバラごっこをして遊んだ。
そんなことをしばし思い出していた。

 うたた寝の 庭掃く音で目覚めれば
        日は傾きて山の端あかし

山ほどではないが、古民家から丘が見える。

緑道公園のシデの木の実。
花のように見えるが、羽の着いた種子である。

都営桐ヶ丘団地商店街のシャッター通り。公明党のポスターがやけに目立った。左に残留孤児経営の総菜屋がある。二人は店の人。客はまったく歩いていない。15年前までは人通りは多く、私はよく買い物に来た。

 売り出しの 看板見るは私だけ

右手建物屋上に洗濯物が揺れていた。そこだけに生活の匂いを感じた。見かけは寂れているが、都営住宅の家賃は只のように安く生活は楽だ。

 寂れても ここで暮らすぞ 洗濯物

住人は見かけ程に困っていない。

 一族が 代々遊びし古木馬

老人団地のシャッター通りだが、遊具は健在だ。見かけは古ぼけていても、昔の国産は恐ろしく頑丈で、今も硬貨を入れるとちゃんと作動する。老人達が訪ねて来た孫を時折遊ばせている。

散歩途中で会った子。偉そうだけど、目が優しくてとても可愛い。

 ニュータウン ここは嫌だと虫の声

帰り道の建て替えられた赤羽台団地にて詠んだ。

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