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2012年1月 6日 (金)

北方の 雪舞う街に憂いあり 12年1月5日

毎年、新年に年号を間違えるのに今年は一度も間違えていない。2011年が余りにもひどい年で、11を無意識に避けているのだろう。そう言えば地震もNYテロも11日だった。

年賀状の後出しが届き始めた。来年はその辺りを考慮して大幅に年賀状を減らそうと思っている。
届く年賀状は様々だ。手書き文字が一切無い市販の年賀状にパソコン出力の宛名ラベルは最低だ。字を書くのが難しくなったお年寄なら許せるが、そのような年賀状を出すくらいなら、住所録から私を排除して欲しい。

幸せ自慢の年賀状もつまらない。可愛い子供やペットの写真などは微笑ましいが、昔付き合っていた女性が、亭主自慢の写真を送って来ると鼻白らんでしまう。

書き文字の場合、字がしっかりしているか否かで健康状態が分かる。字に乱れが多いと、疲れているのだろうか、とか、脳血管に問題があるのでは、と心配になる。去年とまったく同じ冗談を書いて来るのも、惚けたのかなと心配になる。

今日は出していない相手から3枚ほど届いたので後出しで書いた。来年、その人たちから排除されても仕方ないと思っている。そうやって減らして行けば、やがて20枚程になって、誠実な年賀状のやり取りができそうだ。


あっという間に正月は終わり仕事始めだ。今年は4日に提出する仕事があり、元旦から絵を描いていた。今日は散髪に行き帰りに七草セットを買った。明日は上野歯科医院に歯のメンテナンスに行く。

「黄昏時に誰もいない家に帰るのは寂しい。一人では生きて行けないので家族が必要なのだろう」
床屋さんに頭をあたってもらいながら、そのような話しをした。床屋さんは敬虔なクリスチャンで、そのような話題でも話し相手になってもらえる。母が元気な頃は、母としみじみとした話しが出来た。

母との死別の喪失感の大部分は思いを伝える相手がいなくなったことだ。下の姉は親子でも性格がまるで違い、しみじみとした話しは一切できない。正月、姉が訪ねて来たのでこれからの計画を話すと、
「うまくいくかしら。頑張ってくれないと困るわね・・」
とネガティブな言葉で、意欲をそがれた。
母なら計画を話すと「必ずうまく行くよ」と、明るく励ましてくれた。そのあたり、姉は世間なみの平凡な女性のようだ。

私が絵描きになれたのは母のおかげだ。
母は批判など一切せずに、どんな不確かな計画でも明るく励ましてくれた。だから極めて不確実な絵描きの道を猪突猛進できた。もし、母が姉のような世間並みの性格だったら、絵描きには絶対にれなかった。

G2

昨日は寒風が強く、奥秩父に雪雲がかかっていた。
薄く舞う雪に夕日がさして、仄かな輝きが美しかった。

 北方の 雪舞う街に憂いあり

G3

寒風に乗ってカモメが舞っていた。13階の玄関前通路近くを飛ぶカモメをしばらく眺めていた。
カモメは飛びながら餌を貰えるかなと私を見ていた。

カモメは時折、東京湾から隅田川、新河岸川と伝ってここまでやって来る。彼らは東京湾の遊覧船から餌を貰い慣れているので、人の姿を見つけると人懐っこく近づいて来る。雑食性なので、ミカンやポップコーンを投げると空中で上手に補食する。しかし、ここでは近所迷惑になるので餌は撒かない。

G4G5赤羽台団地の梅公園で、一輪だけ紅梅が咲いていた。

我が家玄関前通路から眺めた夕日

ハクセキレイは今年もいつもと同じ東京北社会保険病院下の公園にやってきた。彼らはそっと人を避けながら、一心に餌探ししている。その健気な姿は心を打つ。

対して人は愚かで弱い。自然の生き物は身一つで生きているのに、人は一生かけても使い切れない程のもの抱え込み我が身を守り、いくら蓄えても満足せずに弱い者から奪い取る。人が強欲さを捨てたら、世界は素晴らしくなるのだが・・・

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