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2012年3月29日 (木)

ドミニカ・コーヒー農園の老開拓者に残る日本人魂と、今美味しい土筆の卵とじ。12年3月29日

テレビ朝日27日夜番組 "世界の村で発見・こんなところに日本人" のドミニカに移住した老開拓者は素晴らしかった。

ドミニカ移住は1956年7月から1959年9月までの3カ年間行われたが、無計画な政府の施策のために多くの悲劇を生んだ。移民した人たちには東京ドーム10個分の土地を約束されていたのに、実際に与えられたのは石ころだらけの荒れ地1個分だけだ。多くの移住者は生き残ることすら困難で脱落離散した。

その原因は政府が事前の調査をしなかったからで、これは完全な棄民政策だった。その悲惨さは「カリブの棄民・カリブの地獄」などと言われている。近年、政府は元移住者から訴えられているが、まだ決着していない。

番組ではレポーターの酒井敏也がドミニカ南部の入植地に残った鹿児島出身の92歳の田畑氏を訪ねた。現地の人さえ知らない辺鄙な場所で、田畑老人は家族と暮らしていた。
番組では意図的に悲劇や苦労を強調しようとしていたが、それは割り引いて見なければならない。しかし、同時に入植した他の日本人が総て撤退した事実から、その過酷さが垣間見える。その中で独り残った田畑老人の一徹さには心から敬服する。そして、寡黙で淡々とした田畑老人に昔の日本人を見た気がした。

番組では多くは取り上げていなかったが、田畑老人は孫たちと現地の労働力を使いコーヒー農園を経営して今は豊かだ。老人は、それまでの開拓の苦労を語ることもなく、短く淡々と今を語るだけだった。その姿勢に却って重い入植の苦労が思われた。最後に聞くと、老人は日本には帰らず現地に骨を埋めると話した。その判断は正しい。この国は帰るに値しない国になってしまった。
ちなみに、田畑コーヒー農園のコーヒーは大変貴重で美味しいようだ。ドミニカ・コーヒーを見つけたらぜひ試してみたい。

番組を見ながら、田畑老人の表情や言葉に、 " 100分 de 名著・ブッダ 心理のことば " の一節を連想した。田畑老人が仏教に帰依して悟りを目指していると言うのではない。異国の地を開拓し生き抜いた姿に、シャカの思想の智慧と同じものを感じたのである。

シャカの思想の根幹は諸行無常だ。
世の中には一つとして確かなものはなく、すべては刻々と変化して行く。だから、病気、貧困、死のようなマイナスの変化でも、敢然と受け入れなければならない。未来に期待するのは悟りの境地だけで、シャカは通俗的な幸せすら煩悩の一つとして否定している。
そして、悟りに導く知識を智慧と言っている。

それらを田畑老人に例えると・・・
開拓し荒れ地を農地に変えコーヒーを植えても、収穫を期待して喜んではならないとシャカは言う。何故なら、気候不順や病害虫でコーヒーが壊滅することがあるからだ。
もし、幸いにも収穫が得られた時は素直に喜べば良いことだ。しかし、収穫がなくても哀しんではならない。それら一連の考えをシャカは智慧と言った。

田畑老人が生き残れたのは、総ての結果を恐れず、果敢に開拓に励んだからだ。彼の奢らず淡々とした姿に、期せず智慧を実践した悟りの一つの姿が見えた。このような姿は昔の日本人には普通にあった。漁師町で育った子供の頃、回りの老漁師たちの姿も彼にとても似ていた。

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先日の東京北社会保険病上空。地上は暖かかったが、上空には-30度の寒気が来ていた。そのせいか、強風にあおられている雲の姿がとても冷たそうに見えた。

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赤羽自然観察公園の土筆とドバト。のんびり感が何とも言えずいい。

母は土筆が大好物だった。母の車椅子を押していた頃は、2月終わりから4月まで毎日のように土筆を卵とじにして食べさせていた。

写真の土筆は頭の開いていない若いものを10本程摘んだ。
小石混じりの堅い土の場所の土筆は頭の先端が黒変して堅く、茎も筋張っている。黒く堅い箇所は不味いので取り除く。

写真の場所は柔らかな土で、どの土筆も瑞々しかった。
食べ方は、まず土筆は袴を取り除き短くちぎる。少量の出汁醤油に砂糖を好みの量を加える。それに土筆を放り込み炒めるように過熱する。土筆から水分が滲み出るのをタイミングに、溶き卵を加えてスクランブすると完成。調理時間は2,3分だ。

卵とじは小さな器に取り分けて仏壇に上げ、その後食べた。土筆のほの苦さと香りに春を感じて、とても美味しかった。

土筆の薬効は花粉症に効く。土筆の杉菜も同じ薬効がある。若い葉茎を土筆と同様に調理するとほろ苦くて、殆ど同じ味だ。干してお茶を入れる飲み方もあるようだ。

春の味はツワブキが残っている。しかし、自生していた東京北社会保険病院下の斜面は、先日、造園業者が入って全部抜いてしまった。だから、今年は諦めている。

P2P3P5P4 冷風に 頬赤らめしボケの花

緑道公園。
この色合いの珊瑚をボケと呼ぶ。我が国ではボケを珍重するが、海外では朱色が濃いのが好まれる。

辛夷が開花した。
緑道公園。辛夷は咲いたが、ハクモクレンはまだだ。
両者はとても似ている。違いは、小柄で繊細優雅に四方へ向かって咲いているのが日本古来の辛夷。
華麗に大きい花が上向きに林立するように咲いているのがハクモクレン。
はっきり区別するには、辛夷の花の首には小さな緑の葉が着いているが、ハクモクレンにはない。

赤羽自然観察公園の木々も淡く芽吹いた。

スノーフレーク。桐ヶ丘都営団地。
スズランに似ているが、花の斑点や葉の形が違う。
これから次々と花が連なって開花する。

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