« カラスと争うハクビシンに遭遇。原発再稼働と大企業の格安電力料金。12年4月6日 | トップページ | 人生はいつも ささやかなことから変わり始める・大人三人でディズニーランド。12年4月14日 »

2012年4月11日 (水)

"杖止めて 日射し眩しき 花吹雪" 桜は老いに似合う。12年4月11日

桜は散り始めた。夢のような一週間が過ぎて一抹の寂しさを感じる。寄り道が多く、7月の個展準備は遅々として進まない。世の中、望み通りにはいかないようだ。

2年前、死の3ヶ月前の春、母を車椅子散歩に連れ出した時だ。
「今年の桜はきれい」
母は何度もつぶやいていた。まさか、間もなく死ぬとは思いもしなかった。言葉の本当の意味は、過ぎてみないと分からないものだ。

 散る桜 尽きる命を 映せしか
    母は綺麗と 別れつぶやく

悩んでも悩まなくても、季節は過ぎる。一度しかない人生だから、総てのことを受け入れ、しっかり味わって行こうと思っている。 

F1jpg

 雲流れ 人なき道に 桜散る
 花影の 涼しき風に 沈丁花
 亡き人の 花見る影を 幻に

桐ヶ丘団地の公園。誰も腰かけなくなったベンチには物語を感じる。
今、公園で子供が遊んでいることは滅多にない。時折、野草を摘んでいる老人に出会うだけだ。団地からは若者が消えて久しい。今は老人ばかりで、栄枯盛衰夢の跡だ。今年は春が遅れ、桜が咲いてもまだ、沈丁花が香っていた。

F2

桜並木。御諏訪神社前で信号待ちをしているお婆さんが゜花吹雪を眺めていた。
路上を花弁がさざ波のように流れていた。

 杖止めて 日射し眩しき 花吹雪

F3

桜並木にて。傍らのビルは社員住宅だったが、建て変わるのか、それとも処分されたのか、住人はいなくなった。社員住宅が住人で埋まっていた去年は、住人たちは花見を楽しんでいた。
今年は寂しくなったが、桜は変わらず美しく咲いていた。

 廃屋に 寄り添うように 花明かり

住まい下の新河岸川沿いの桜並木も散り始めた。夕暮れに建物を出ると、花明かりに包まれ夢のようだ。ここへ引っ越して来た頃は、桜は小さな幼木だったが、見事に成長した。

赤羽台では山桜系の桜が満開だった。花と葉が同時で、野性的な姿は好きだ。夏には甘いサクランボが実る。小さなサクランボだが、アントシアニンが濃く口が赤紫に染まる。車椅子散歩をさせていた母にその口を見せると、「人を食べたみたい。」と笑っていた。

F5 撮らないで 嫌い嫌なの スッピンよ

赤羽駅近くの画廊にて。
ニコニコ寄って来たので、カメラを構えたら、思い切り嫌な顔をされた。カメラが大嫌いのようだ。みんなに可愛がられている子だがカメラは大嫌いで、この後、飼い主の後ろへ隠れた。

先日は劇団四季の招待日で、竹芝の自由劇場へ独りで出かけた。帰りは竹芝桟橋から海を眺めて、すぐに帰った。

写真の看板上段に私が描いた"ガンバの大冒険" のポスター。
"美女と野獣" も別の四季劇場でやっている。"美女と野獣"は10回は見た。今は知らないが、当時は上演権を持つディズニーの舞台チェックが厳しく、不意打ちに査察が来た。それでいつもVIP席が4,5席開けてあった。

査察がないと分かるのは2時間前。直ぐに関係者から招待の電話が入り、急遽暇な女子大生などを揃えて席を埋めた。誘った帰りは食事やお酒となり大抵朝帰りだった。毎回の出費は大きかったが勢いがあり、何とも思わなかった。まだバブルの余韻が残っていた夢のような話しだ。

自由劇場での隣席は子供を連れた若い母親だった。可愛い人なので、「このポスターは私が描きました。」と言うと、とても喜んでくれて、絵は大好きと話していた。
帰り際、7月の個展には絶対行きますから、と笑顔で言われ、心にポッと暖かいものが灯った。

F4

浜松町駅への帰り道では、終始東京タワーが正面に見えた。途中の児童公園に滑り台があったので上ってみた。意外に高く急角度で、滑ってみると意外にスリルがあった。滑り台は半世紀ぶりだ。今のはステンレス製で滑りが良い。昔の木製滑り台はささくれがありよく手に刺を刺した。

先日、知人が主催する自殺のない社会へのフォーラムに参加した。
そこで、追いつめられ苦しんでいる時、話すことがとても大切だと知った。演壇に立った自殺経験者たちは、一様に誰かと話すことで救われていた。しかし、実際は誰かと話すことがとても難しい。また、周囲も追いつめられた人に話しかけても拒否されることが多い。だから、いつでも逃げ込める心のシェルターの重要性を強く感じた。

政府は年間3万人の自殺者と発表しているが実情は違う。限りなく自殺に近い病死や自然死があり、そのようなものも含めると、数字はとんでもなく増える。年間10万人の行方不明者にも多くの自殺者が含まれている。行方不明になっていた知人は、母親が5年間探し続け、偶然に自殺していたことを知った。

演壇に立って語った自殺経験者は、素晴らしい家族や友人たちに恵まれて救われた。しかし、家族がいない孤独な人たちのケアは気になる。私は小さな繋がりで、その対策をとっているが、社会全体となると荒野に凍えて立つ心境だ。そのような人たちの、死に至る長い苦しみを思うと暗澹とする。

しかし、どんなに辛いことでも、死の厳しさには劣る。死を受け入れなければならない運命なら、少々の辛さは平気なはずだが、それが難しいところに社会の病根がある。

Ma_3

Ma_4

Ma_5

|

« カラスと争うハクビシンに遭遇。原発再稼働と大企業の格安電力料金。12年4月6日 | トップページ | 人生はいつも ささやかなことから変わり始める・大人三人でディズニーランド。12年4月14日 »