今日は衣替えと父の命日。人形のお雪さんも夏衣に変わった。12年6月1日
衣替えの6月1日は父の命日だった。 仏壇にイチゴを供え、人形のお雪さんを夏服に衣替えさせた。お雪さんの頭は母が72才頃に作った。仕上げは悪く、職人気質の私としては我慢できずに本式に胡粉を塗り重ね、古来どおり木賊とムクの葉で仕上げて目と口を描いた。胴体と手足も桐を彫って精緻に作った。髪の毛は絹の穴糸を使った。
彼女は幼顔だが年齢は20代後半だ。衣替えしながら、死の1ヶ月前、ベットに腰かけてヘルパーの小黒さんに手伝ってもらいながら着替えさせていた母の姿が蘇った。
愛おしく 人形の襟 ととのえし
母の笑みと 夏の陽まぶし
以前にも記入したが、父を在宅で看取ったのは私だ。
31年前のその日、朝から晴天で風が強かったのを明瞭に覚えている。
「亡くなりましたら、明朝に連絡して下さい。」
家庭医の老いた女性医師は脈の取り方を教えて帰った。
彼女をゆっくり休ませてあげたかったので、私はその言葉に従った。
夜十時、父は肺に溜まっていた生臭い血を大量に吐いた。脈は触れなくなり、苦しんでいた顔が穏やかになった。
「さあ、みんなで合掌しましょう。」
母は神妙な顔で言った。
すると、死んだはずの父が「ワァー」と声を出して両手を振り回した。
「かあちゃんは、そそかっしいんだから。」
姉たちが言うと、母も私も不謹慎にも大笑いしてしまった。
父はそれを最後に本当に死んだ。享年七十九歳だった。
その夜は私一人、父のデスマスクを何枚もスケッチしながら通夜をした。
医師には翌朝連絡して死亡診断書を書いてもらった。
父も母と同じく白菊会の会員で献体をすることになっていた。死亡診断書を持ち帰るとすぐ、白菊会の日医大から迎えが来た。
葬儀は遺体なしで身内だけで簡素に行った。
葬儀屋が、好天の風の強い日は人が亡くなる、と言っていたのが印象に強い。本葬は後日、博多の警固にある菩提寺でした。
老医師には様々なことを教わった。
人は口から食べている間は決して死なない。
終末期は水分を体に入れると心肺に負担を与えて苦しませるので、無理に飲ませず、唇を湿す程度が良い。
同様にも食べ物も無理に食べさせない方が良い。
それらの知識のおかげで祖母も父も母も、在宅でさほど苦しませずに看取ることができた。
ちなみに、祖母は5月1日、父は6月1日、母は7月1日とピンのぞろ目で覚えやすい。
今、自然死が注目されている。老いて回復の見込みなく死ぬ場合、無闇な延命治療は本人の苦しみを長引かせるだけだ。
昔は殆どが自然死だったので死に顔も良かった。今は病院で無理に生かすので、多くは骨と皮ばかりになって死ぬ。
そのように骸骨そのものに変貌した知人を数多く見て、とても痛ましくて辛かった。
死んでから1年後の初夏、遺骨を日医大に引き取りに行った。
遺骨を紅型の風呂敷に包んでブラブラさせながら、本郷通りの姉の小料理屋の前にさしかかると店の掃除をしていた義兄に見つかった。
「素通りはないだろ。寄って行きなよ。」
見つかったら仕方がないので店に入った。
父が戻ったと言うと、「じゃ、三人で飲もう。」と義兄はビールをついだ。
遺骨をカウンターに置いて、義兄としみじみと飲んだ。
「色々あったけど、こんなに軽くなっちゃ何も出来ないね。」
義兄は紅型の風呂敷包みを撫でながら言った。
彼も彼の父親も弟たちも贅沢好きで、湯島から御徒町にかけてあった多くの地所をなくしてしまった。
その頃、義兄には湯島に抵当だらけの旅館が一つ残っているだけだった。
それから暫くしてバブルが始まった。抵当漬けで手放したくてもできなかった旅館の土地がとんでもない高額で地上げにあった。
義兄を苦しめていた奥単位の借金を返済した上に、一生かけても使いきれない莫大なお金が残った。
しかし、義兄の実家は当時の土地売却時の優遇税制と銀行の甘言に騙され、資金をそっくり不動産に投資した。しかし、バブル崩壊と共に資産は泡と消えた。義兄の人生も父に負けず激しく上下していた。
個展準備の追い込みで、今日は記入を止めようと思ったが、父の命日に思うことがあり記入してしまった。
写真のお雪さんは去年の震災時に人形ケースごと空中を飛び、眉から額にかけて大きく傷ついた。
それは、巧く修復したので、今はまったく分からなくなった。
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