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2012年6月23日 (土)

美味しいイラストと酔っぱらいたち。12年6月23日

チョコレートのかかつたウイスキーボンボンが大好きだった。金色の銀紙をはがし、ボトル形の口の所を噛み砕き、甘いブランデーを飲み干し、砂糖の結晶が張り付いたチョコの容器をカリカリと食べる至福感はたまらなかった。

小粒のウイスキーボンボンも大好きだった。チョコはかかっていないが、淡い色硝子ような粒を口に含んでいると、砂糖のコアが溶けて甘いアルコールが口中に広がった。

しかし最近、街の店頭からウイスキーボンボン類が消えた。理由は分らないが、子供からアルコールを遠ざける教育的な配慮なのかもしれない。

15年程前、NHK教育でウイスキーボンボンの作り方をやっていた。
グラニュー糖を過飽和までブランデーに溶かした溶液をコンスターチの窪みに満たす。そのまま放置しておくと表面に砂糖が析出してすりガラス状の丈夫なコアができた。
そのままでも美味しいが、それにチョコをかけたものは更に美味しかった。
教育放送で作り方を見せたくらいだから、その頃まではウイスキーボンボンは容認されていたようだ。

東京の街角からばんこも消えた。ばんことは縁台のことで、語源はポルトガル語だ。
上京した50年前の夏の夕暮れ、男達はばんこに集まり、麦茶を飲みながら将棋を指したりしていた。
大人たちが使わない時は、子供たちが線香花火を楽しんでいた。

子供の頃育った漁師町は東京の下町に似た雰囲気があり、路地のあちこちにばんこがあった。

昼間のばんこでは、引退した年寄り達が細工物をしていたり、編み物をしていた。
漁師は編み物が出来る。それも、帝国海軍伝承の本式のイギリス編みで、遠洋航海の暇つぶしに覚えたものだ。

級友のセーターは大抵父親が編んでくれたものだった。なかには網の繕い用の紐で編んだセーターを着ているものがいた。ゴワゴワで着心地は悪いだろうが、鎖帷子のような武骨さがとても格好良く見えた。

ばんこでは酔った年寄りがよく昼寝をしていた。
暑い夏の午後はふんどし一つで寝ていた。
それは子供達にとって格好の悪戯の対象で、私達はそっと近づき、ふんどしのヒモをほどいて丸見えにした。

みんなで喜んでいると「こらっ ! またぢいちゃんに悪さして ! 」と、お嫁さんに追いかけられたりした。
そのスリルがたまらなく楽しかった。

おじいさんは、全く気づかず、全開のまま気持ち良さそうに眠っていた。 私たちはクモの子を散らすように逃げたのでわからないが、多分、息子の若いお嫁さんがぼやきながら、フンドシを直したのだろう。

考えてみると、おじいさんと言っても今の私と同じくらいだ・・若いお嫁さんに直してもらっている姿はかなりエッチだった。

散歩帰り、今日も公園の一角でホームレスたちが酒盛りをしていた。
「だからお前たちはダメなんだ。そんないいかげんな生き方をしていて、これから先どうするんだ。」
説教おじさんの大きな声が聞こえた。
彼はいつも缶酎ハイ片手に仲間に説教していた。

しらふの時の彼は疲れた営業マン風で、暗い顔で俯いて歩いていた。年は40代半ば、何処がどう狂って今の境遇になったのだろうか。
一番ダメなのは自分だと分かっているのだろう。

画像は絵描きに転向して間もなく、売り絵だけでは生活できなくてパッケージ用に描いたイラストだ。
これ一枚で一月、楽に暮らせた良い時代だった。

これはママレードのパッケージ用イラスト。
見るからに新鮮で美味しそうに見せる表現を業界ではシズル感と言う。
写真ではシズル感が出ないので、パッケージは手描きのイラストが今も使われている。
写真と思っていたものが意外に手描きイラストなので、注意して見ると面白い。

大変だったのは冷凍エビだった。
足の数を正確に描くようにと注意書きにあった。
クレーマーは商品のエビの足の数を数えるらしく、もし、絵と違っていたら不当表示だと大騒ぎするようだ。

仕事を受けたのは真夏で、冷凍エビのモデルさんがすぐに臭くなったのには閉口した。

Ap_2

Ma_3

Ma_4

Ma_5

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