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2012年6月29日 (金)

日本は古い伝統が今も生活に機能している希な国だ。12年6月29日

追い込みで夜昼なく絵を描いている。描き始めると止められず、就寝はいつも朝5時だ。
体調は良いが、右脇腹が少し痛かった。深い鈍痛ではなく、軽いシクシクした痛みだ。何度かの手術で軽い癒着が起きているのだろう。20回以上手術をしていた母も、いつも何処かしら痛いと言っていた。気にせず散歩を続けていたら痛みは消えた。

最近、散歩をしながら「仰げば尊し」を聴く。聴いていると20年前のTBSドラマ・高校教師の第一話冒頭を想い出す。場面は3学期始業式の朝なのだが、なぜか仰げば尊しがダブってしまう。

・・大学助手を止め、女子高へ不本意に赴任して来た羽村。
彼は女子校のある駅で定期券の日付を咎められていた二宮繭を助ける・・・登校する女生徒たち。校庭で羽村先生を追い抜いて振り返る繭。
「私が守ってあげる。」
大勢の女生徒たちが環視の中で、もし生徒たちに意地悪されたら先生を守ると凛として言う繭。

繭の健気さはまさに昭和の女だった。
仰げば尊しに惹かれるのは、その健気な昭和への惜別の辞に聴こえるからかもしれない。

戦後の荒廃から復興し高度成長した昭和。そして平成に変わり、生活保護は年々増え続け国は福祉予算確保に苦慮している。
加えて、震災と原発事故からの復興は行程すら見えない。この漠然とした不安の中で聴く仰げば尊しは心を打つ。

昨夜の散歩では北上夜曲を聴いた。
FBで教えてもらった菅原洋一の「風の盆」の聴いていたら、何となく似ている北上夜曲を聴きたくなったからだ。

北上夜曲を始めて聞いたのは50年前だ。
椎葉の奥、九州の脊梁山脈の国見岳で登山大会があり、宮崎から貸し切りバスで向かった。日向市近くの耳川沿いの道を遡るバスの車中で、バスガイドが歌うのを初めて聴いて感動した。それ以来、この曲を聴くと耳川の石ころだらけの川原や砂利道が蘇る。

3日間の大会が終わった後、建築後300年の豪壮な鶴富屋敷を見学した。山国らしく良質の木材をたっぷりと使った豪壮な建物で、歪みも、がたつきもなく使われていた。
伝統的に作られた建物はとても頑丈だ。NHKの仕事ハッケン伝「押切もえ・温泉旅館」の古い旅館も、今も立派に機能していた。

伝統は建物だけでなく“おもてなし”にも残っていた。客への対応や所作の一つ一つに合理的な訳が有った。
仕事ハッケン伝では、姑の嫁いびりみたいで、見ていて不愉快なものがある。しかし、この旅館の伝統的な厳しさは感動と涙の連続で素直に納得できた。

考えてみると日本は伝統が現代に息づいている希な国家だ。
たとえば、大河ドラマ「平清盛」に登場する小道具や衣装は、重要場面では本物を使う。それは、総ての分野に本物を作る技術が残っているからだ。

刀もアップの時は本物の抜き身を使う。衣装も重要な場面には伝統的な生地を使う。什器も日本各地に本物を作る技術が残っている。雅楽も、相撲も、古い抹茶碗も総て今もその技術が現代に伝承されている。

古くに大陸から伝わった技術が、日本には進化して今へ伝承されている。それが同じ文化圏の中国・韓国と大きく違うすごいところだ。

オウム高橋容疑者の逃走劇はお粗末だった。そうなったのは、あの宗教に伝統に培われた美しさがなかったからだ。
富士裾野にあったサティアンはどれも粗雑で醜かった。そのような醜いものを平気で受け入れる信者には独自な発想力がなかったのだろう。

もし私だった、十分な年月と資金を使って徹底的に準備をする。たとえば、センスの良いカツラにメガネ、衣服も飛びっきり高価なものをあつらえ宿泊は高級ホテルにする。今回のケースでは高級ホテルの警察監視は緩いからだ。
大量の旧一万円札を新札に替えずにそのまま所持していたのもお粗末だ。
そのような空想力の欠如が彼をオウムへ走らせ、逃走劇を短く終わらせた原因だろう。

画像は昔の彫金作品。西域の三日月湖。
極めて初期の作品で制作は20代。長辺は10センチ程。図柄は未熟だが、細かい所まで細工してあって、今と比べると格段に目が良かった。葡萄の美酒 夜光の杯 琵琶馬上に催す・・王翰の涼州の詩からイメージした

Xmoon

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