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2012年6月 3日 (日)

幸せは遠く過ぎ去ってから初めて分かる。12年6月3日

個展前で睡眠が極めて不規則だ。就寝目標を12時に調整中で、昨夜は何とか1時半に就寝できた。3,4時間で目覚めるのは相変わらずだが、切れ切れに合わせると7時間は寝た。それだけでも体調は良くなり散歩が心地良い。

今、話題のアーモンドはどの店も払底していた。イトーヨーカ堂は流通経路を確保しているようで少し残っていたので70グラム195円を5袋買った。
アーモンドは子供の頃から大好きだ。最初に食べたのはアーモンドキャラメルで、メーカーはカバヤだったようだが記憶は定かでない。当時のアーモンドは輸入品のため大変高価で、練り込んであったアーモンドは強く炒って粉々に砕いた破片がごく少量だけだった。それでも、溶け出て来るアーモンドの小さな破片の香ばしさは天上の味だった。

買い物帰りの緑道公園でニャンコに声をかけた。立ち止まって眺めていると遠くからオルガンの「故郷」が聴こえた。今時、オルガンは珍しい。

母の死の半月前、この広場で「ニャオ・・ニャオ・・」と母はネコ語でこの子を呼んでいた。
その次は、大型犬の小次郎くんに会いたいと言ったが、「また会えるよ」と言ってそのまま帰った。今思うと、その時母は、燃え尽きかけた命の炎がはっきりと見えていたようだ。それで、顔馴染みの子たちに別れを告げたかったようだ。

小次郎君は死の少し前に会いに来てくれた。
呼吸が弱って声が出せなかった母が「小次郎ちゃん。小次郎ちゃん。」とはっきりした大きな声で彼を呼んでいた。
その時も、母がすぐに死ぬとは思っていなかったので、まだ次があると思っていた。

母が死ぬと確信したのは医師から入院を強く薦められた時だった。
母とは最期はどのように迎えるか、何度も話し合って来たので、躊躇なく断り在宅で看取ると決めた。

今が幸せかどうかは遠く過ぎ去ってから初めて分かる。
その時は取るに足りないことが、振り返ると息苦しいほどに素晴らしく思える。
もしかすると本当の幸せはそのようなものかもしれない。

今日は夏日射しが時折照りつけていた。暑くはなく長袖でも心地良い。中年以降日光アレルギーを起こすようになったので、夏、長袖で過ごせるならとても助かる。

最近、子供に紫外線を浴びさせない健康指針が通達されたが、遅きに失した。
私たちは日射しを多く浴びるほど健康との誤った教育を受けた世代だ。子供の頃は1日中、南国の直射日光の下で遊び回り、一夏に2,3回は皮がむけた。

上京した時、私は真っ黒で黒人みたいだと言われた。それが数ヶ月で色白になり、八百屋のおばちゃんに「東京の水ですっかりあか抜けちゃって」と手を握られたりした。

元々色白な皮膚を真っ黒に焼いたのだから相当にひどいダメージが残している。半袖からの露出部分だけに強くダメージが残っていて、日光アレルギーを起こすのはその部分だけだ。

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