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2012年6月 6日 (水)

男の「お一人さまの老後」について、執筆依頼が来て没になった経緯。12年6月5日

以前、それについて何度か記入したが、当時は訳あって正確・詳細に書かなかった。

7年前だったか・・・とある出版社主催の女性フォーラムに出席する機会があった。
その頃私は母の介護真っ最中で、何か役立つことを聞けるかもしれないと期待した。

各方面で活躍している女性が次々と演壇に立ち、女性問題についての発表が続いた。
どれも有意義な話しだったが、正直言って私には眠くて実用性のない話しばかりだった。

会場は静まりかえり、メモする筆記具の音ばかりが聞こえた。
全員が話し終え、やっと解放されたとホッとしていると、司会者が私に声をかけた。
「男性参加者として思うことを、よかったらお話しいただけませんか。」

突然言われて一瞬迷ったが、女性たちの顰蹙を買うのも良い経験と思った。
テーマを「介護は楽しい」に絞り、演壇へゆっくり歩きながら考えた。

話した概要は次のようなことだ・・・

・・・家の近くに宮の坂と呼ばれる急坂がある。
車椅子の難所で、体を低く休まず全身で押し上げないと、途中で進退窮まることになる。

時折、押し上げているとタッタッタッと足音が近づいて来ることがある。
来たなと思っていると、
「お手伝いします。」と若い女性の声がして、ふわりと私の手に柔らかな手がかぶさる。
「いえ、ひとりでも大丈夫です。」
一応断るが、とても幸せな気分になって名刺を渡してしまう・・・

なぜか、そのように同情してくれる人は妙齢の美人が多い。
だから、会場のみなさんならきっと、手伝ってくれそうだ・・・
そう話した辺りで、会場がどっと沸いた。
そうなると話しに弾みがつく。

・・・車椅子を押し上げる時は体を低く地面に張り付く姿勢になる。
視線が低くなると、宮の坂を先に行くミニスカートの女子高生のパンツが見える。
でも、彼女たちには車椅子を押している私は天使に見えるので、嫌らしくパンツを覗いたりは絶対にしないと信じ切っている。だから、後ろ手でミニスカートを抑えたりはしない・・・

会場は更に笑いに包まれ、次々と話すエピソードに会場は沸いた。

15分程話して演壇を降りると、
「貴方は素晴らしい。」と拍手をしながら出迎えた熟年女性がいた。
彼女は "東大教授上野千鶴子" と書かれた名刺を差し出した。名前は微かに記憶にあったが、どんな人かはまったく知らなかった。

「今度、こんな本を出します。」
その時、彼女から手渡されたのが大ヒット本「お一人さまの老後」だった。
「お一人さまの老後」はあちこちのマスコミで取り上げられ、「お一人さま」は流行語になった。

翌年、その出版社から「お一人さまの老後」の男性編の執筆依頼が来た。
実用書には興味がないし自分の手に余る、と断ったが、有能なライターを立てるからどうしてもやってくれと説き伏せ似られた。

仕方なく受けたが、無名の私が書いた本が売れる訳がない。私は昔、出版社の役員をしていて、一般人より出版について分かっていた。

男は人に言われて生き方を変えたりしない。だから、どんなに良い本でも、男はその手のものは買わない。しかし、マンガ入りの面白い本なら男でも買うかもしれない。そこで売れそうな男性版の企画を立て編集に出した。

・・・男の老後のために役に立たない諺を100作りマンガを添えて解説する。
解説で逆説的に老後を楽しく生きる方法を語る。それなら男に受けるかもしれないと主張した。
しかし、社風に合わないと一蹴されてしまった。
その辺りから編集と考えが合わなくなり、いつの間にか企画は消滅した。
その後「お一人さまの老後」男性編も上野千鶴子氏が執筆し、程々に売れた。

企画がつぶれた後、二社から介護日記として書かないかと話しがあった。
しかし、私が書いた介護日記の原文は200万字以上ある。それを1冊に圧縮するなどとんでもない作業で、結局そちらも立ち消えになった。

画像は私の企画用に描いたマンガの一つ「小春じい」。
ことわざ「変なものは素晴らしい」期待を裏切ると運が開けるものだ・・・

人の期待に応えようとすると人間が小さくなって巧く行かない。逆に、期待を裏切るくらい思い切ったことをすると、既成概念を打破り、すばらしい成果を得られることがある。
だから、年寄りは偏屈ジジイになることを薦める。みんなに好かれようと好いジジイに変節するなんぞ、男のすることではない。偏屈の底に深い愛情を忍ばせておけば良いことで、それが偏屈の美学だ。更に言うなら、ジジイは苦虫を噛みつぶしているのがいい。噛みつぶす加減は、小粒のコンペイ糖を噛むくらいの甘さがあると良い・・・

そのような内容だったが「お一人さまの老後」とは真逆で、今思えば、社風に合わないと一蹴されても仕方がなかった。
その詳細は次回に書く・・・

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