« 初秋のような涼風が吹いた。12年8月8日 | トップページ | SNSの問題点と卵シリーズの絵の出来事。12年8月14日 »

2012年8月11日 (土)

日韓歴史論争の中でのサッカー。12年8月11日

昨日の朝は夜明け前に起きて女子サッカーを見た。日本が負けても二度寝する気になれず、そのまま雑用をすませ、緑内障の定期診察へ東京北社会保険病院へ行った。

医師はいつもの男性医師ではなく、目の大きなとても美しい女性医師だった。
レンズ矯正視力は1.2、視神経乳頭の形状も健康で良い状態だと診断された。眼圧が高い状態が続くと乳頭が凹み視神経が損傷する。同じ緑内障だった母は発見が遅れ、治療開始の頃、視野の3分の1は失われていた。だから、私は早めに点眼薬を使い始めている。母も私も日本人に多い正常圧緑内障ではなかったのが救いだ。おかげで母は点眼薬だけで、まったく進行しなかった。

診察間隔が3ヶ月を超していたので患者負担金が発生し、いつもより多く支払ってから屋上庭園へ出た。眩しい陽光の元、スペアミントが元気よく遊歩道上まで繁茂していた。
すぐに業者に刈り取られるので、一握りほど摘んで胸ポケットにさした。夏のミントはとても香りが強い。胸ポケットにさしていると蚊が寄ってこない。その後、病院下の公園の木陰で休んでiPodを聞いた。蚊の多い場所だが、ミントのおかげで刺されなかった。

女子サッカーの日米戦のためにとても眠かった。そして今朝は男子の日韓戦で眠い。
竹島・従軍慰安婦問題を絡めている韓国は、日本には絶対に負けられない試合だ。昨日の私の予想では日本の勝ちは70パーセント。ただし、なでしこジャパンのように、なりふり構わずがむしゃらに戦うことを前提にした計算だ。もし、スマートに試合を運ぶなら日本の100パーセント負け、と予想したらその通りになってしまった。

今、オリンピック・サッカーを振り返ると、あの連戦連勝は何だったのだろう、と遠い昔のことに思える。思い返すと、なでしこジャパンは決勝戦までよく戦った。審判の誤審などの不運がなければ、優勝していたかもしれない。対して男子サッカーは実力通りの結果だと思っている。

今回は妙に青春が蘇ったオリンピックだった。終了とともに私の夏も過ぎて行きそうだ。
ふと、次のオリンピックを考えてみた。
前回の北京オリンピックと今回のロンドンでは、世界も日本も大きく変わってしまった。ヨーロッパの経済危機。中国の経済発展の減速。それらに増して原発事故と大災害は多くの心に重く淀んだままだ。

その間に、母を始め多くの友人知人を見送った。
次回のリオデジャネイロ・オリンピックの時、どのような変化が訪れているかは考えないことにしている。未来は先が見えないから良いので、先が見えては人生はつまらなくなる。

竹島問題の韓国言論に歪さを感じる。
歪さは他にも多岐にわたり、同じ敗戦国でも、成熟した近代国家に囲まれているドイツが羨ましい。成熟した国家には右から左まで多様な思想があって互いに論争しながら歴史を究明して行く姿勢がある。しかし、未成熟国家では始めに結論があり、反する考えは厳しく糾弾される。日韓どちらを信じるかと言えば、私は日本の言論を信じる。
韓国に、日本からの反論を学術的に検討するような、自由な言論が生まれることを切に望んでいる。

「竹島は韓国が軍事力で自力確保した唯一の領土だ。だから絶対に手放さないはずだ。」
との韓国国民についての朝日論説は興味深かった。
半島解放が自力ではなく米軍によってなされたトラウマは、サッカー勝利やサムソンの経済的勝利ぐらいでは埋らないだろう。
「日本が謝らないから、」と韓国は言い続けているが、謝って解決するほど根は単純ではない。ありえないことだが、韓国が日本を軍事侵略して植民地化しなければ、韓国国民のトラウマは絶対に解決しない。
そのような歪み切った日韓関係の中、日本へのサッカー勝利は韓国国民のガス抜きになった気がするが・・・やはり無理か。

4ヶ月前から肩が痛い。50肩は経験しているが、その痛みとは違う。筋肉を痛めたのでは、と無理をしないようにしていたが一向に改善しない。もしかすると筋肉や関節ではなく神経痛ではと調べてみると、総ての条件が一致した。それなら筋肉をかばう必要はない。普通に肩を動かしていたら、痛みは軽減して気にならなくなった。
しかし、それは老いの序曲で、これから体の各所が次々と痛み始めるはずだ。

先日、近所のOさんに「老後のことを考えていますか。」と言われたことが頭に残っている。最近、自分の老後と死が近くまで迫っているのをリアルに感じる。皆平等に訪れる死はさておき、死に至る余命期間は大問題だ。私のそれはどう考えても楽ではない。ひたすら死のぎりぎりまで健康維持を図って、すとんと死ぬことを願っているだけだ。

画像は大手金融業の社長の依頼で描いた。
注文は「時々遊びにくる孫が喜びそうな抽象を描いてくれ。」だった。ちょうど金がなくて困っていたので快諾して、日頃描かないタイプの絵を描いた。ミロ風の作品だが、私はそれに日本の湿潤な大気を加えてた。

具象画家とか抽象画家はいないと思っている。具象は習熟する必要があるが、抽象は誰でも描ける。ただし、自分に嘘をついていると描けない。人目を気にしない子供の心で描けばいい作品ができる。

Sp_1

Ma_3

Ma_4

Ma_5

|

« 初秋のような涼風が吹いた。12年8月8日 | トップページ | SNSの問題点と卵シリーズの絵の出来事。12年8月14日 »