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2012年9月10日 (月)

四国遍路におけるセーフティーネット。12年9月10日

松本清張原作の映画 74年「砂の器」は重いが心に残る映画だった。それはハンセン氏病を発症した父親が村を追われ、男の子をつれて巡礼するストリーだ。近年、TVでもドラマ化されたが、ハンセン氏病ではない他の病気にすり替えられたために、社会性が薄められ意味のないドラマになっていた。

私は南九州の日南市の小さな漁師町で育った。昭和20年代の子供の頃は巡礼が毎日のように門口に立ち、どの家でも僅かだが、お金や米などを喜捨していた。

同居はしていなかったが、祖母はとても熱心な人で、巡礼が来ると家に上げ風呂にいれ、温かい食事を供しながら身の上話を聞いて涙し、不要な衣類と財布のお金全部を喜捨して見送る人だった。

四国遍路では死ぬまで巡礼する人々がいた。それは悲惨な話だが、民衆の喜捨で餓死を防ぐセーフティーネットが社会に生きていたのでそれが可能だった。その時代と比べると、今の豊かな社会の人の心は荒廃しきっている。

江戸時代の最弱者は、身分制度の最下層に入れば何とか生きて行くことができた。
彼らには独占的な権利が与えられていて、例えば河川敷の使用権、公道や寺社参道での物乞いなど組織化されて機能していた。その不可逆的な身分制度は絶対に許されないことだが、セーフティーネットの視点で見ると、当時の厳しい社会状況では全否定できない。

遍路たちの杖は行き倒れ時の墓標にする役割もあった。そのことに彼らの覚悟の深さを感じる。
私も同じように野たれ死に覚悟で、絵描きに転向した。幸い今も生き残っているが、一歩誤れば彼らと同じ末路を辿ることになる。

私と彼らとの差異は何だろうか。
彼らがひたすら来世の幸せを信じて歩くのに対し、私は現世に希望を持ち信じて歩いている。しかし、それはとても不安定な脆い希望だ。

友人たちは総て、豊かな年金生活に入っている。
彼らを見ていると、家族を持たず不安定な生活を選択した私は間違っていたのでは、と疑問が生じることがある。
私は幾度となく、豊かで幸せな家庭を持つチャンスがあったが、今の生き方のために拒否し続けて来た。
だから、このまま突っ走る他ないと思っている。
走りながら、疑問を総て捨て去る他ないと思っている。

写真は夕富士。
夏は大気中の水分が多く富士が見えない日が多かった。
今日は珍しく見えた。

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