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2012年9月23日 (日)

最期の日にしたいこと。12年9月23日

地球最期の日が来るとしたら、
私は何をしているだろうか・・・
多分、一人で草原に寝転がって、
風や虫の羽音や木の葉が擦れる音に耳を傾けているだろう。

もし、その時が昼間なら青空を見上げていたい。
もし、夜なら、星空か月を見上げていたい。
そうやって死の瞬間まで、私は何もしないでいると思う。

九月になって、暗くなるのが早くなった。
夕食後、川向こうのライフまで牛乳を買いに出かけた。
新河岸川の緑地帯で秋の虫たちが涼やかに鳴いていた。

「虫が鳴いているね」
独り言をつぶやくと、
「もう秋だね」と心の中で死んだ母が答えた。
その時初めて、今日誰とも話していないことに気づいた。

暗い夜道を歩きながら、
自分の死はどのようにやって来るのか考えた。

私が看取った家族たちは、死にかける都度、
医師を呼んだり、入院させたり、薬をのませたりして、
私は死ぬのを先延ばしにした。

しかし、自分の死は先延ばしにしない。
確実にやって来る自分最期の日には、
できることなら先に書いたように、
草原に一人寝転がって
何もせずに死を迎えたい。
しかし、それはとても難しい。

それが何であっても、誰でも最期は自分に忠実でいたい。医師とか遠い親戚とか、誰にも邪魔されず一人で死にたい。病室の灰色の天井を見上げての最期だけは嫌だ。最期に目にしたのが青空と緑の木々で、最期に聞こえたのが自然の音だったら最高だ。

母の終末期、母は病院に入院していると錯覚し、夜中に私を呼んだことがあった。
「ここは家だよ。安心して寝な」と言いながら頭をなでると
「ああよかった」と母は安堵して寝入った。その時、絶対に母を病院で死なせてはいけないと思った。

"願わくば花の下にて春死なん その如月の望月のころ"
時折、西行の歌が想い浮かぶ。人は本来自然の中で生き自然の中で死んでいた。しかし、人はその当然のことに逆らい、得たのは恐怖と苦痛だったような気がする。

自堕落に過ごした夏は終わった。
大きな仕事を一つ落としたので、生活計画が大きく狂ってしまった。それで、仕事に打ち込んでいる。不思議なことに、売れる宛のない仕事でも一生懸命にしていると良いことが起きる。

画像、「六月の花嫁」
彼のチェロが聞こえるのも、彼の姿が見えるのも、動物たちだけだ。
花嫁には音楽は心地よい風の音に聞こえる。天使の姿も見えず、月に照らされた白い道が見えるだけだ。

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