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2012年10月 2日 (火)

桐ヶ丘団地で出会った老夫婦に、一抹の寂しさを覚えた。12年10月2日

先日のNHK朝の連ドラ「梅ちゃん先生」の近所が集まっての宴会シーンが懐かしかった。私が十条の彫金家へ弟子入りしたのは、その少し後の昭和38年。その頃は月に二三回はドラマとまったく同じ光景が師匠宅で繰り広げられていた。

あの時代は、みんな夢にあふれていた。年長の男たちは決まって「頑張れば必ず良い生活ができる」と確信していた。女性たちはちょっと猥雑だがとても元気だった。

宴会では私が一番若かった。だから、近所の奥さんたちがよってたかって世話をしてくれた。中には隣に割り込んで来て手を握ったり、ビールをつぎながらテーブルの下で膝をグイグイ押し付けて来る奥さんがいたりした。

しかし若い私は、それらの意味を殆ど理解していなかった。だから、それ以上のことは何もなかったし、興味があるのは同年輩の女の子だけだった。
今想い返すと、その光景に登場した殆どの人たちは鬼籍に入ってしまった。すでに50年近く過ぎたのだから、仕方がないことだが・・・

豆乳と野菜ジュースが残り少なくなったので、桐ヶ丘生協へ出かけた。豆乳は生協ブランドが一番美味い。途中の緑道公園では今日の暑さで生き返ったツクツクホーシが鳴いていた。10月にこの声を聞くのは珍しい。

水物ばかり買ったので手提げは12キロほどになった。
帰りは桐ヶ丘団地を抜けた。歩いているのは老人ばかりで、皆杖をつきソロソロと歩いていた。

途中、長い階段の下で老夫婦が買い物のキャリーを止めて休んでいた。一息ついて二人で荷物を階段上へ運ぶつもりだろう。夫は80代半ば。妻は80少し前くらいだ。荷を担ぎ上げるのは、見るからに大変そうなので、すぐに階段下に下りキャリーを上まで運び上げた。

「ありがとうございます。やっはり、若い人はお元気ですね」
二人は階段下から綺麗な東京言葉でお礼を言っていた。
「こんな良いことがあるなんて、思いもしなかったね」
去って行く後ろから老夫婦の会話が聞こえた。何だか鼻の奥がツーンとして来た。老人団地と言っても若者がいない訳ではない。中高生だって住んでいる。それくらいの手助けもしてもらえないのかと思うと辛くなった。

前回、若者に増えた新型鬱病について書いた。
彼らは両親の深い愛情のもと何不自由なく暮らして来た。その結果、社会に適応できなくなって発症した。しかし、彼らは本当は心は優しい。ただその表現方法を学んでいないだけだ。

間違ったことをしたら謝る。道で人に挨拶する。困っている人を見かけたら手助けする。それだけでも親は躾けてほしいと思った。それは新型鬱症予防になるし、第一世の中が住みやすくなる。

画像、ショパン生誕150周年記念CD「青」のカバー絵。
昔、赤と青2枚組の注文をビクターから受けた。

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